事故に結びつく健康リスクを意識しよう④──糖尿病の危険

 交通事故の原因として運転中の発作や急激な体調変化によるものが増加しています。

 今回は、糖尿病の人が陥る低血糖による意識喪失発作の危険性を紹介します。

 高血糖を防ぐために治療をしているのですが、気をつけないと血糖値が下がりすぎることがあります。

■糖尿病治療薬を打ったあと運転中に意識朦朧となり死亡事故が発生!

●インシュリン注射の影響で低血糖状態となる

 平成21年9月、糖尿病患者の40代のドライバーが運転時に低血糖状態に陥り、意識朦朧のまま死亡事故を起こした事例です。

 

高校生の自転車に衝突

 事故は、平成21年9月1日の夜、横浜市中区の路上で発生しました。

 1型糖尿病()によりインスリンを自分で注射するなどの治療を続けていた男性が、スポーツクラブから帰るために軽乗用車を運転中、低血糖症でもうろう状態に陥って自転車に乗っていた男子高校生と衝突、高校生は19日後に死亡しました。

 

事故に気づかずにそのまま帰宅

 男性は、事故を起こしたことに気づかないまま、なんとか運転を続けています。低血糖で一時的に意識を失っても、心臓発作や脳血管発作などを誘発しなければそのまま亡くなることは少なく、その後意識が回復することがあります。

■【裁判結果】刑事は無罪でも、民事で損害賠償責任を認定

■ひき逃げは無罪判決

 男性は、衝突に気づかないでそのまま進行し、自動車運転過失致死と道交法違反(ひき逃げ)の容疑で警察に逮捕されましたが、前者については男性が「事故の記憶がない」と否認を続けたため、横浜地検は嫌疑不十分で不起訴にしました。

  事故の責任は問われず、高校生の救護をしなかった「ひき逃げ」の罪で起訴されましたが、横浜地裁の裁判官は「前兆なく意識障害になる無自覚低血糖のケース である」ことを理由に、「人とぶつかったという認識があったかは疑問が残る」として、平成24年3月21日に無罪判決が言い渡されました(検察側は控訴せず、無罪判決が確定)。

■民事訴訟では血糖値管理を怠った過失を認定し、

 6,700万円の賠償命令

 死亡した高校生の遺族が運転者の男性に対して約1億3,300万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した民事訴訟では、「男性には血糖値の管理を怠った過失があった」として、裁判官は約6,700万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。

  事故当時は「突然の無自覚低血糖」であることを認めましたが、以前にも運転中の低血糖状態や職場での意識障害を経験していたことから、「危険性を十分認識 していた」と指摘し、運転前の糖分補給などで血糖値を管理する義務があったのにそれを怠ったことが、過失にあたると判示しました。

 運転時に低血糖に陥る危険性を予測し、回避する義務があることを明確に認定した判決例です。 (東京地裁 平成25年3月7日判決)

※1型糖尿病
 糖尿病には、自己免疫性で膵臓の細胞を攻撃する「1型」と肥満や運動不足など生活習慣の要因が大きい「2型」があり、1型は膵臓でほとんどインスリンが作られないために、インスリン注射が欠かせません。
 事故を起こした男性は1998年に1型糖尿病を発症し、自分でインスリンを注射、運転歴は20年以上ありました。

■類似の裁判例──実刑を受けた判例もある

 低血糖状態への予測が甘く交通事故を起こして実刑を受けた判決例もあります。

 

◆運転中に意識障害を起こし禁錮1年、過剰投与の危険性を指摘

 ──広島地裁 平成13年12月20日判決

  糖尿病の治療のインスリン過剰投与が原因でトラック運転中に意識障害を起こし、大学生をはねて死亡させた33歳の女性トラック運転者への判決です。

 「仕事前に必要以上のインスリンを投与、過剰投与が意識障害を招くことを認識していながら運転していたのは危険性を軽視している」として、広島地裁は運転者に禁錮1年の判決を言い渡しました。

 

◆低血糖状態を軽視して運転継続、ミキサー車暴走事故で禁錮2年

 ──名古屋地裁 平成16年4月19日判決
 糖尿病治療薬を原因とする意識障害を起こし、意識を失ったままコンクリートミキサー車を暴走させ、歩行者の女性3人を死傷させた29歳の女性に対する判決(業務上過失致死傷罪)です。
 名古屋地裁は「インスリン投与後に低血糖の症状が発生した場合には、回復するまで休憩するように、と医師から注意されていたにも関わらず、意識が朦朧としていることを理解しながらも、そのうち収まると事態を軽視して運転を続けたことが事故の発端となった」と認定し、被告に禁錮2年の実刑判決を言い渡し ています。

◆糖尿病の意識障害で交通事故を起こした被告に禁錮3年の実刑

  ──横浜地裁 平成22年7月16日判決

 56歳の男性会社員が乗用車を運転中、糖尿病による意識障害の予兆を感じながら、そのまま運転して意識障害に陥り、交差点で3人を死傷させた事故の裁判(自動車運転過失致死傷罪)で、横浜地裁は禁錮3年を言い渡しました。

 裁判では、糖尿病の低血糖状態から起きた意識障害を被告が予測できたかどうかが争われましたが、男性が身体の変調を感じた後に意識を失うまで、カーブした道路を約300m走行していることから、判官は「被告は体の変調から意識障害が予測された時点で、運転をやめることが可能だった」と指摘しました。また、量刑理由としては、2人が死亡し1人がけがを負った結果の重大さが考慮されました。

◆低血糖障害で玉突き衝突事故を起こした被告に禁錮6年の実刑

  ──水戸地裁 平成24年11月6日判決

 平成23年8月に60代後半の男性が乗用車を運転中、意識障害になって3人が死亡、4人がけがをした玉突き事故の刑事裁判(自動車運転過失致死傷罪)で、水戸地裁は禁錮6年を言い渡しました。

 裁判官は、「以前(平成21年)にも同様に意識障害から追突事故を起こしており、今回の事故を予見することはできた」と指摘し、「糖尿病患者だった被告が医師の指示に従わず、治療薬のインスリンを注射後に食事をしなかったため、低血糖による意識障害で事故を引き起こした」と認定しました。

■血糖値の管理を徹底しよう

「低血糖の危険」を予測したら、運転をすぐ中止
 意識障害により責任能力がないとされても、交通事故を起こせば損害賠償責任を免れることは難しいと考えましょう。

 糖尿病の治療により低血糖に陥りやすい人は、運転中に、「頻繁なあくび」「冷や汗」などの体調不良を感じたり、手足の震え、目のかすみ、注意力が低下するなどの症状が出たら、事故を起こす危険を予測しましょう。

 すぐに安全な道路外などに車を止めて運転を停止、ブドウ糖などを服用して休憩し、体調の回復を待ちましょう。

 

 また、血糖値が著しく高くなった場合も「高血糖性昏睡」といった状態に陥る危険があります。吐き気や腹痛などの症状が出たら注意しましょう。

空腹時の運転を避けよう
 「もうすぐ食事だから、ブドウ糖はいいかな」「ちょっと近くまでだから大丈夫かな」といった甘えが、低血糖症状を招いています。血糖値を管理している人は、車やフォークリフトなどの機械運転中に低血糖リスクを起こさないために、次のポイントを守ることが重要です。


 ■空腹時、食事前は運転作業をしない
 ■おやつなどを食べてから運転する
 ■常にブドウ糖やスティックシュガーを携帯する
 ■服薬や注射後に食事を抜いたり、服薬・注射後に激しい運動をしない

【糖尿病治療をしている人のチェックポイント】

 糖尿病の治療をされている方は、以下のチェックポイントに当てはまることがないか、リスクのチェックをしておきましょう。

 また、運転中でなくても意識喪失発作を起こした経験のある人は、自動車等の運転をしてもよいか主治医によく相談してください。

 □ 空腹時に意識がぼんやりすることはないか

 □ 血糖値を下げる薬を飲み、めまいなどが起きたことはないか

 □ ブドウ糖を忘れて出先で体調不良に陥ったことはないか

 □ インスリン注射で意識をなくしたことはないか

 □ インスリンなどを医師の指導より過剰に投与していないか

 □ 勤務の都合で食事の間隔があいたり、深夜になかなか食事が

   とれないということはないか

【事故防止策──運転前には心がけよう】

空腹時や食事前には

 運転作業などをしない


インスリン注射後は

 すぐに運転をしない


運転時には

 ブドウ糖などを常に携帯する


体調が変化したら

 すぐに運転をやめて休憩する


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事故に結びつく健康リスクを意識しよう⑦──睡眠の重要性

 

運転者の健康管理マニュアルを改訂(国土交通省)

(シンク出版(株) 平成26年1月31日更新)

■マンガでわかる──交通事故に結びつく健康リスク

健康管理と安全運転

【 小冊子 ── 健康管理と安全運転 】

 この冊子では、ドライバーが健康管理を徹底していなかったために発生したと思われる、重大事故等の6つの事例をマンガで紹介しています。

 

 各事例の右ページでは、垰田和史滋賀医科大学准教授(医学博士)の監修のもと、日々気をつけなければならない健康管理のポイントをわかりやすく解説しています。

 健康管理の重要性を自覚することのできる小冊子です。

 

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