島崎 敢の安全辞典ー項目3「運転行動の階層モデル」

■はじめに

 「運転が上手な人ほど安全」という考えは、多くの人が持っている常識かもしれません。しかし、この常識に疑問を投げかける興味深いモデルがあります。

 

 フィンランドの研究者ケスキネンが提唱した「運転行動の階層モデル」は、運転技術の向上だけでは事故は減らないという重要な示唆を与えてくれます。

 

 実際、ケスキネンは若者に高度な運転技術を教えたところ、逆に事故が増えてしまうという苦い経験から、このモデルを構築したそうです。

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■運転行動の階層モデルとは

 ケスキネンの運転行動の階層モデルは、運転行動を4つの階層に分けて捉える理論です。上から順に以下のようになります。

 

1.人生の目標と生活のための技能

個人の成長における車と運転の重要性、自己コントロールのための技能

 

2.運転の目標と背景

目的、環境、社会的背景、同乗者への配慮

3.交通状況の習得

現在の状況の要求に適応する

 

4.車両操作

速度、方向、位置の制御

 

 このモデルの重要な特徴は、下位の階層が上位の階層に影響を受けるということです。つまり、上位の階層がしっかりしていれば、下位の階層はそれほど高度でなくても安全な運転が可能になるのです。


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■安全との関わり

左後方の安全をしっかりと確認するドライバ―
左後方の安全をしっかりと確認するドライバ―

 まず交通状況の習得と車両操作の関係について考えてみましょう。交通環境の情報を適切に取得できる能力があれば、早めに危険を察知できます。

 

 例えば「あそこに死角があるから人が出てきそうだな」ということを早めに分かれば、事前に速度を落とせるので、操作技術がそれほど上手でなくても、容易に回避できます。

 

 しかし、交通状況の把握ができていないと、そのままの速度で死角に近づいてしまうので、急に何かが飛び出してきたときに、高度なハンドリングや緊急ブレーキングテクニックが必要になってしまいます。

 

 次に運転の目標と背景と交通状況の習得の関係について考えてみましょう。

進行方向に気をとられて左後方の安全確認が不十分
進行方向に気をとられて左後方の安全確認が不十分

 運転の目標とはどのような運転計画を立てるかです。もし、十分に余裕を持って出発すれば、渋滞があっても焦る必要がなく、優先道路を安全に走行すればよいのです。この場合、高度な交通状況の認識力は必要ありません。

 

 しかし、出発がギリギリで危険な裏道を急いで走らなければならない状況では、高度な状況認識力が要求されます。

 

 そしてこういった運転計画に影響を及ぼしているのが、人生の目標と生活のための技能です。

 

 効率よりも安全を重視する価値観を持つ人であれば、時間がかかっても余裕を持って出発するという計画を立てます。一方、効率最優先で時間コストを最小化することを重視する人は、安全よりも効率を優先した危険な計画を立ててしまう可能性があります。

■事例と実践

出発するドライバ―を見送る上司
出発するドライバ―を見送る上司

 このモデルから得られる最も重要な教訓は、上位階層の改善こそが安全向上の鍵だということです。

 

 ケスキネンが経験したように、運転技術だけを向上させても事故は減りません。むしろ、高い技術を過信して危険な運転をしてしまう可能性すらあります。

 

 逆に、上位階層がしっかりしていれば、操作技能や状況認識力は必要最低限でよく、一見運転が下手に見える人でも事故を起こさずに運転できるのです。

 

 安全運転のためには以下のアプローチが効果的です。

 

 まず、個人レベルでは自分の価値観を見直すことです。「時間を節約したい」「かっこよく運転したい」といった動機よりも、「安全に目的地に着く」ことを最優先に置くことが重要です。

 

 組織レベルでは、運転技術の向上よりも、安全意識の醸成や適切な運転計画の立案に重点を置いた教育が必要です。「運転が上手な人が安全」という思い込みを改め、「安全態度の高い人が安全」という認識を広めることが大切です。

 

 ここで注意したいのは,個人ドライバーは4つの階層全てが自分の責任ですが、職業ドライバーの場合、計画は組織が立てる場合があるということです。

 

 したがって、ドライバーがいくら安全を重視する立場であったとしても、効率最優先、安全二の次という経営理念の会社では、そのドライバーは安全に走れないということです。

 

 このモデルが示しているのは、真の安全は技術の向上ではなく、価値観や態度の改善から生まれるということ、そしてそれは実はドライバー個人の問題だけでなく、組織の問題でもあるということなのです。

執筆:島崎 敢 近畿大学助教授

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