乳幼児の車内放置の責任は

少子化が進む中、嬉しいことに弊社ではベビーラッシュで育児休暇の申請が頻繁になっています。しかし、従業員が車で外出した際に、乳幼児を車内に残し、熱中症になってしまわないか心配です。今年は梅雨も異例の早さであけてしまい、各地で40℃を超える猛暑が続いています。夏休みで子どもとの外出も増えることが予想されるので、車内に乳幼児を放置しないよう注意を促したいのですが、万一、乳幼児を車中に置き去りにした場合にどのような責任を問われますか?

■乳幼児の車内放置の危険性

 真夏に直射日光の当たる場所に駐車し、エンジンが切られた自動車の車内温度はすぐに40度を超え、数時間もすれば50度を優に超えるといわれています。

 

 このような車内にいることは、当然熱中症になるリスクが非常に高く、体調を崩したり、酷いときには中枢神経障害などの重い後遺症が残ったり、死亡に至ることもあります。

 

 特に、乳幼児は成人に比べて体温調節機能が未発達であり、体に熱がこもりやすく、体温が上昇しやすいといわれていますので、炎天下で車内に放置された場合には、重大な被害が生じます。

 

 また、エアコンをつけっぱなしにして離れれば、リスクは低くなるとも思われますが、そもそも道路交通法では、運転者がエンジンをかけっぱなしにして車両を離れることを禁じています(第71条5号、5号の2)。

 

 たとえ短時間であっても、乳幼児を車内に置き去りにするような行為は絶対に行ってはならないと考えるべきです。

■置き去りにした場合の刑事責任

・保護責任者遺棄罪等に問われる

 

 自分の子を車内に乳幼児を放置する行為は、いわゆる児童虐待にあたります(児童虐待の防止等に関する法律第2条3号)が、罰則があるわけではありません。

 

 この点、乳幼児を車内に置き去りにした場合の責任は、大きく刑事責任と民事責任が考えられます。

 

 まず刑事責任としては、放置した者と放置された子どもの関係性や、生じた被害内容、その他の状況等によって変わりますが、概ね保護責任者遺棄罪、同致死傷罪、あるいは重過失致死傷罪、過失致死傷罪が成立することが考えられます。

 

 保護責任者遺棄罪は刑法218条において「老年者、幼年者、身体障がい者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の拘禁刑に処する。」と定められています。

 

 保護責任者とは、法令や慣習に基づき、要保護者を保護する責任のある者とされます。

 

 子どもを育てる親はもちろん、ベビーシッターや保育士など、業務上の契約等によって保護責任者とされることはありますし、必ずしも血縁関係や契約関係等になくても、乳幼児を保護すべき立場にあるとされれば保護責任者とされることがあります。

 

 自動車内に乳幼児を放置する行為は、基本的には必要な保護をしない「不保護」に該当しうると考えられますが、運転者が保護責任者とされる場合には、放置した行為が不保護と解されれば、具体的な被害が生じなかったとしても、それだけで同罪が成立することになります。

 そして、同罪を犯し、よって人が死傷すれば、保護責任者遺棄致死傷罪(同法219条)となり、傷害の罪と比較してより重い刑に処されます。すなわち、傷害罪(15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)や傷害致死罪(3年以上の有期拘禁刑(最長20年))と比べて重い刑が適用されることになるのです。

 

 また、運転者が保護責任者とはいえないような場合には同各罪は成立しませんし、保護責任者ではあるが熱中症対策をした上で小まめに車内に戻って様子をみるなど、必要な保護をしていたという場合には故意が否定され、保護責任者遺棄罪が成立しないこともあります(ただしこの場合、ある程度客観的にも相当の対策をしていたことが必要だと考えられます。)。

 

 しかしそのような場合でも、乳幼児に熱中症による傷害結果や死亡の結果が生じ、運転者が注意して対策する義務があったのにこれを怠ったという過失が認められれば、その過失の重さに従って、重過失致死傷罪や過失致死傷罪が成立します。

 

 ちなみに重過失致死傷罪(刑法211条後段)は5年以下の拘禁刑、又は100万円以下の罰金刑であり、過失傷害罪(同法209条)は30万円以下の罰金又は科料、過失致死罪(同法210条)は50万円以下の罰金です。

・子どもの車内放置に関する主な裁判例

 裁判例においては、親が子どもを車内に放置したために死傷したような事案では、ほとんど保護責任者遺棄致死傷罪が適用されているといえます。

 

 保護責任者遺棄罪が認められなかったものとしては、夫婦でパチンコに行った先の駐車場の車に置き去りにした事案で、5月終わり頃の当日は曇天で気温も19度に止まり、車両内の温度も変わらないことや、何度か様子を見に車両に戻っていることなどから、生存にとって危険な状況が存在したわけではないと解し、「不保護」の故意がないとされたものがあります(名古屋地方裁判所平成19年7月19日判決)。

 

 

 しかし同判決も、わずかな注意を払えば熱中症等に陥るおそれがあることを認識できたといえ、お互いが協力して、一方が子どもに付き添ったり、車内の温度をさげたりするなどの措置をすべき注意義務があったのにしなかったとして、重大な過失を認め、重過失致死罪の成立を認めています。

■民事上の責任

 故意または過失により他人の権利を侵害した場合には、その生じた損害を賠償する必要があります(民法709条)。

 

 幼稚園や保育園のバスなどに取り残されるケースなど、運転者等が車内に乳幼児を放置したことによって被害が生じた場合には、その者に対する損害賠償請求が可能であり、放置した者は民事上の責任も負うことになります。

 

 なおこの場合、基本的には子どもに生じた被害についての損害賠償請求権を行使することになるため、親が自分の子どもを放置する場合でも、損害賠償請求権がないというわけではありません。

 

 ただこの点、原則として親は子どもの法定代理人として同請求権を行使する立場にありますので、親が子どもの法定代理人として自分自身に対して請求する、あるいは同居のもう一方の配偶者に対して請求するという形になり、結局経済的に同一である家族間での請求となることが多いため、事実上損害賠償請求がされないことという場合も多いと思われます。

■絶対に乳幼児を車内に残さない意識を植え付ける

 乳幼児を車内に放置する行為に対する責任は以上のとおりであり、重い責任を負うといえます。

 

 そして、まずはどんな責任が生じるかという観点ではなく、乳幼児にとって車内放置がいかに危険なことかを理解し、被害が生じないように対応することが最も重要といえます。

執筆 清水伸賢弁護士

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