交通事故でケガを負った際に、病院で健康保険を使えるとか使えないとか、いろいろな話を聞きます。実際のところ、健康保険は使えるのでしょうか?
公的医療保険制度(健康保険制度)は、被保険者やその家族が病気やケガをした場合、一定の負担で医療を受けられる仕組みであり、主に健康保険(企業等)、共済組合、国民健康保険などがあります。
ケガをして病院で治療を受ける場合には、健康保険を使うことができますが、場合によっては使えないとされることがあります。
例えば、ケガの原因が業務上の事故であり、労災保険などが利用できるような場合は、労災保険を利用することになります(健康保険法55条1項)。
また、ケガの原因が、自己の無免許運転、飲酒運転等の故意の犯罪行為の法令違反による事故に基づくものである場合、健康保険の利用はできないとされています(同法116条)。
さらに、交通事故の被害者となった場合など、第三者の行為によるケガの場合、自己負担分以外の医療費については、健康保険が第三者に対して請求できるとされています(同法57条1項)。
以上のような例外などから、交通事故では健康保険を使えないといわれることがあります。
しかし、故意の法令違反が原因の場合はともかく、少なくとも交通事故の被害者としてケガを負った場合には、第三者の行為によるケガだったとしても、健康保険を使うことができるといえます。
旧厚生省の通達でも、「自動車による保険事故も一般の保険事故と何ら変わりがなく、保険給付の対象となるものであるので、この点について誤解のないよう住民、医療機関等に周知を図るとともに、保険者が被保険者に対して十分理解させるように指導されたい」(昭和43年10月12日保健発第106号「健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて」)とされていますし、厚生労働省も通達の中で、「犯罪や自動車事故等の被害を受けたことにより生じた傷病は、医療保険各法(中略)において、一般の保険事故と同様に、医療保険の給付の対象とされています。」(平成23年8月9日保保発0809第3号「犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて」と述べています。
第三者の行為によるケガの場合には、自分が加入している公的医療保険に第三者行為による傷病届等の書類を提出する必要はありますが、健康保険が使えないという規定があるわけではないのです。
なお、通常の病院であれば、健康保険の利用を断ることはあまりないと思われますが、自由診療の方が診療報酬の点数が高く、医療機関としては多くの利益を得られるため、健康保険の利用を断る医療機関がないわけではありません。
また、健康保険の範囲内の治療では治癒しないと見込まれたり、あるいはより良い治療法に健康保険が使えなかったりするような場合にも、医療機関から自由診療を打診されることはあるようです。
以上のように、交通事故の被害者としてケガを負った場合には、健康保険を利用することはできます。この点、加害者が全額支払うのだから、健康保険を利用せず自由診療でも良いのではないかといわれることがあります。
しかし、加害者が任意保険に入っておらず、資力もないような場合も考えられますので、基本的には利用すべきといえます。
また、ケガの場合自賠責保険は、被害者1名についての支払保険金の限度額が金120万円とされています。自由診療の場合、同額を超える場合もありますが、超過分は、自賠責保険からは出ないことになります。
一方、健康保険を利用した場合であれば、診療報酬も相対的に低くなります。そのため、自賠責保険の金120万円から治療費以外の損害に充てることもしやすくなります。
また、被害者側に過失があるような場合には、健康保険を利用する方が良いといえます。
すなわち、自由診療では支払分全額が損害として計上されるため、全額について過失相殺がなされますが、健康保険を利用した場合、自己負担した部分のみについて過失相殺がされます。
たとえば、過失割合が6:4(被害者の過失割合4割)として、医療費が金100万円とすると(便宜上、自由診療と保険診療の金額を同じとします。)、自由診療の場合、金100万円を自己負担で支払い、加害者に請求できるのは金60万円ですので、差引金40万円のマイナスになります。
一方、保険診療だと、自己負担が金30万円で、加害者に対して金18万円請求できますので、差引の金12万円のマイナスで済むことになるのです。特に被害者の過失割合が大きい場合、健康保険を利用したほうが過失相殺の影響を受けにくく、結果的に被害者の受け取る金額が増えることになるのです。
このように、自由診療と保険診療の治療費を同じ金額で計算しても差があることが分かると思います。そして実際には,自由診療の場合の治療費は保険診療の場合より高額になることが多いので、その差はさらに広がり、場合によっては自由診療にしたことによって他の慰謝料等を併せた総額がマイナスになってしまうこともありえます。
そのため、過失相殺されるような事故の被害者となった場合には、保険診療の方がメリットが大きいといえるでしょう。
(執筆 清水伸賢弁護士)