シートベルトをしていない乗客への損害賠償義務は?

貸切バス事業を営んでいますが、ドライバーから「シートベルトをするように声をかけても、ベルトをしてくれないお客がいる」という報告を受けています。弊社としては、シートベルトの着用を徹底して呼びかけ、お客様の安全を確保したいのですが、呼びかけに応じず、事故の際にシートベルトの未装着が原因で重症化した場合、バス会社はどういった責任を負うのでしょうか?

■交通事故と乗客に対する責任

 貸切バスと他の自動車との交通事故において、貸切バスの乗客は第三者という立場であるため、交通事故で乗客が死亡・負傷した場合、運転者に過失があれば、過失によって第三者に対して損害を与えたということになります。

 

 そのため過失があった貸切バスの運転者は、乗客に対する不法行為責任(民法709条)を負い、事業者は使用者責任(民法715条)や運行供用者責任(自賠法3条)を負うことが考えられます。

 

 

 また、貸切バス会社と乗客との間に運送契約などの契約が結ばれている場合、交通事故により損害を負った乗客は、安全配慮義務などの運送契約上の債務を履行しなかったとして、貸切バス事業を営む会社に対して債務不履行責任(民法415条)に基づき損害賠償請求を行うことも考えられます。

 

 なお、債務不履行責任と上記の使用者責任等は、請求する側がいずれかを選択して請求することができます。

■乗客のシートベルト着用は運転者の義務

 以前は後部座席のシートベルト着用義務が定められていなかったこともあり、また大型バスなどはそもそもシートベルトの設備がついていないことも少なくありませんでした。

 

 交通事故の増加、及びシートベルト不着用で交通事故に遭った場合の危険性などが重視され、平成20年6月1日から施行された改正道路交通法により、一定の場合を除いて後部座席等についてもシートベルトの着用が義務とされました(同法71条の3)。

 

 もっとも、同法における義務の対象者は運転者であり、運転者が乗客に対してシートベルトを着用させる義務を負うということになっています。

 

 また現在でも走行している大型バスなどは、特に補助席などでシートベルトの設備が設置されていない自動車も存在していますが、総重量12トン超のバスの新型車は2017年1月から(継続して生産されている車は2018年11月から)、それ以外の新型車は2019年11月から(継続生産車は2021年11月から)、それぞれシートベルトの設備自体の設置が義務づけられることになっています(路線バスを除く)。

■乗客が故意にシートベルトを着用しない場合

 このように、シートベルトの着用は運転者の義務ですので、質問にあるように、乗客に対してシートベルトを着用するよう求めることが必要です。もちろんこれは、道路交通法違反か否かという視点だけではなく、乗客の安全を確保するという見地からも重要なことです。

 

 また運転者の過失で交通事故が生じ、乗客がけがなどをした場合には、たとえその乗客がシートベルトをしていなかったとしても、運転者にはその損害を賠償する責任が生じることになります。

 

 一方、乗客がシートベルトを着用していなかったからといって、直接乗客に対して道路交通法上の罰則等が科されるものではありません。

 

 ただ、安全面からいえば、乗客としても当然シートベルトを着用すべきといえますし、損害賠償請求の場面においては,シートベルトを着用していなかったこと自体が原因で傷害を負ったり、本来軽傷ですむ程度の事故において、シートベルトを着用していなかったことによって重傷となったりした場合には、乗客が負った損害のうちの相当額が過失相殺される可能性があります。

 

 交通事故による損害賠償請求の裁判でも、同乗者や運転者などがシートベルト着用をしていなかったという事情によって過失相殺を認めるかどうかが争われることがあります。

 

 そしてこの点について、まだ後部座席のシートベルトの着用が道路交通法上の義務とされていなかった時代における裁判例でも、同乗者や運転者などの被害者がシートベルトを着用していなかったと認定できる場合、シートベルトを着用していないことが傷害の結果の発生や程度に関係していたことが認められるような場合には、その事実を被害者の過失として、過失相殺を認める傾向にあります。

 

 他方、シートベルトをしていなかった場合でも、それが傷害等の結果発生や被害の拡大に関係がないような場合には、過失相殺の事情として考慮されていません。

 

 具体的な事案においては、シートベルトを着用していないことが結果に与えた影響の程度や、着用以外の過失等も検討された上で判断されているため、事案によって過失相殺の割合は変わりますが、シートベルト着用をしていなかった事実が過失相殺される場合には、少なくとも1割程度は考慮されているものが多いようです。

 

 近年では,シートベルトを着用することが広く一般化してきているといえ,過失相殺の割合も今後大きくなっていく可能性はあります。

■会社としての対応

 以上のとおり、乗客がシートベルトをしていなかった場合でも、原則として交通事故の発生について運転者に過失があれば、運転者、及び会社は乗客に対して損害を賠償する必要があります。

 

 ただし、運転者や会社等が、乗客に対してシートベルトの着用を求めていたにもかかわらず、乗客が応じずに着用せず、それによって乗客に生じた被害が大きくなったような事情があれば、損害額は一定程度過失相殺されるということになります。

 

 会社としては、まずは交通事故を起こさないよう、安全運転教育などを行っていくべきですが、乗客を乗せる場合には、乗客に対してシートベルトの着用を徹底して求めていくべきであり、従業員にもそれを徹底させるよう指導しておくべきです。

(執筆 清水伸賢弁護士)

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