認知症の高齢者と事故を起こしました…

弊社は長距離輸送をメインとした物流企業です。先日、弊社のドライバーが夜間に暗い道を走行していたところ、前方に人影を見つけ急ブレーキを踏んだのですが、間に合わず衝突して大けがを負わせてしまいました。被害者は高齢で認知症を患っており、事故当時も車道をウロウロと徘徊していたものと見られています。このような認知症の歩行者と事故を起こした場合、弊社の事故責任は軽減されるのでしょうか?

■認知症と道路交通法の関係

 ある人が認知症を患っているからといって、必ずその人の行動の全てが異常になるというわけではありません。

 

 日常行っているような道路の通行に支障がないことも多いですし、ある程度症状が進んでいたような場合でも、信号機の表示に従って横断するなど、以前から反復して行っていた行為についての能力は維持されていることも多いといえます。

 

 また症状が軽度な場合は、行動自体は症状のない人と変わりません。そのため、歩行者が「認知症だから」という理由だけで、事故の責任に当然に影響があるとはいえません。

 

 そのような考え方は、認知症患者に対する差別にも繋がりかねず、許されないでしょう。

 むしろ道路交通法では、高齢者、児童や幼児、身体障害者等、判断能力や行動能力が低いものについては、特に保護する要請が高くなります。

 

 そのような観点から「保護の規定」をおいており(道路交通法14条)、同条5項では、高齢者や身体障害者、そして「その他の歩行者でその通行に支障のあるもの」が、道路を横断し、又は横断しようとしている場合、当該歩行者から申出があった場合、あるいはその他必要があると認められる場合には、警察官等その他、その場所に居合わせた者は、誘導、合図その他適当な措置をとるように規定されています。

 

 このような道路交通法の考え方からすれば、いわゆる交通弱者に対しては、自動車の運転者も含む周囲のものが配慮することが要請されているとはいえ、認知症により危険が察知できないような歩行者については、保護の要請があるといえます。

 

 自動車と歩行者との事故では、歩行者の過失割合は、児童や高齢者の場合10%程度、幼児や身体障害者等の場合20%程度減じられることが多く、認知症の影響でこれらの者と同程度の保護の要請があるといえる場合には、歩行者の過失割合が低くなることがあるといえます。

■運転者の過失割合に影響する事情

 ただ、このように保護の要請はあるとはいえ、当該歩行者が、道路の通行区分や危険な状況を察知できないような状態で行動し、それが事故の一因になっているような場合には、事故の責任に影響が生じます。

 

 例えば質問のように、暗い夜間に車道を徘徊していたような場合、特に事故現場が通常では歩行者が通行しないような場所では、過失相殺によって運転者の責任が軽減されることは当然あります。

 

 もちろん運転者の責任の軽減は、歩行者が認知症であるということ自体を理由とするものではなく、当該歩行者が実際に行っていた行動態様自体に過失相殺されるべき理由が存在したということから来るものです。

 

 実際に事故が生じた場合には、歩行者の行動能力を踏まえた上で、当該事故における具体的な行動態様等を検討することになります。

 

 一般的には、夜間、歩行者が車道の側端ではない場所を歩いている場合には、15~25%程度運転者の過失割合が軽減されることが多く、歩行者がふらふら歩きをしていた場合には、10%程軽減されることもあります。

 

 また歩行者が、路上で寝転がるのと同様といえるような行動をしていた場合には、特に夜間であれば50%程度運転者の過失割合が軽減されることもあり得ます。

■過失割合の判断

 このように過失割合は、歩行者本人の能力と、周囲の状況や行為態様等、事故における諸事情をふまえた上で判断されることになります。

 

 この点まず、基本的には、自動車の運転者が危険予測をした上で前方不注視等の行為がなければ、事故は生じないといえますので、運転者に責任があります。

 

 しかも当該歩行者が認知症により、交通弱者といえるような者である場合には、保護すべきという要請が働きますので、運転者の過失割合が重くなる事情といえます。

 

 他方で、事故当時の周囲の状況や、歩行者の行動態様によっては、大幅に過失割合が減じられて、運転者の責任が軽減されることがあります。

 

 質問のような場合では、まずは運転者が危険予測をしており、前方を注意して確認していれば事故が避けられたという面がありますので、運転者の責任自体は認められると思われます。

 

 歩行者は認知症により、夜間に車道を徘徊しても危険を認識できない状況であるため、保護の必要性はありますが、夜間、周囲が暗い状況であり、歩行者が車道をウロウロと徘徊していたという状況ですので、総合的に20~40%程度は運転者の責任が軽減される可能性があるでしょう(もちろん具体的な状況によってはさらに変わります。)。

 

 歩行者の具体的な行動が、認知症の症状によるものかどうかなどは、外形的に見分けることは困難ですが、運転者が自動車を運転する際には、まさかと思うような状況についてもその危険性を予測しておく必要があるとされます。

 

 少なくとも、夜間のハイビーム不使用による前方の不注視等による発見の遅れや、車両の整備不良など、一般的にいわれている危険予測・回避の対応はしっかりと実施しておかなければなりません。

執筆 清水伸賢弁護士

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