先日、得意先に訪問するため乗用車で出かけました。その道中で右折しようとしたところ、対向車線から二輪車が直進してきましたが「いけるだろう!」と判断し右折を開始しました。こちらは無事に右折できたのですが、後方から転倒したような音が聞こえました。慌てて事故現場まで戻り、救護措置を行いましたが私の右折が二輪車の転倒を誘発させたとして、大きな過失が発生しました。私からすれば、「接触していなければ事故ではない」と考えているので訴訟も考えているのですがいかがでしょうか?
交通事故の中には、加害車両と被害者の車両等が物理的に接触せず、被害者の二輪車等が転倒したり、被害車両が他の車両や工作物等に衝突したりする形で生じるものがあり、因果関係事故、誘引事故などともいわれます。
このような事故の場合、加害車両の運転者としては、自分の車両自体は物理的な接触をしていないため、自身には責任がないと考えることもあるかもしれません。
しかし、交通事故において損害賠償責任が生じるためには、必ずしも物理的な接触が必要というわけではありません。
交通事故も原則は不法行為責任(民法709条)であり、「故意または過失により他人の権利を侵害」した場合に生じるため、物理的な接触がなくとも、加害車両の運転に過失があり、他者が転倒や他への衝突等をして生じた損害との間に相当因果関係が認められる場合には、加害者は損害賠償責任を負うことになります。
ただし、物理的な接触がある場合には、加害車両の運転行為によって被害者に損害が生じたこと自体を認めることは比較的容易といえますが、物理的な接触が無い場合には、加害車両の運転により被害者に損害が生じたといえるかどうか、すなわち加害者の行為と生じた損害の間に相当因果関係があるかどうかが問題になることがあります。
具体的な状況等にもよりますが、非接触事故の場合、直接接触等をした場合に比べて、加害車両の運転行為と転倒等の発生自体についての因果関係の認定が難しいケースもあります。
また被害者に生じた損害が二輪車での転倒や他の車両や工作物等への衝突ではなく、急制動等によっていわゆるむち打ち等になったような場合には、生じた傷害結果との相当因果関係が争われることもあります。
また、過失割合についても争いになることがあります。
ただ、基本的には接触した場合の交通事故と、法律上の取り扱いが変わるというものではないため、事故が生じた場合の救護義務や通報義務等についての規定も適用されます。
裁判例では、加害車両と被害車両等が直接接触していないケースでは、具体的な事故の状況や双方の運転行為等の態様などについて、双方の主張を詳細に検討し、総合的に判断されることになります。
加害車両の運転者に対する損害賠償請求が認められている事例は少なからずありますが、加害車両の行為と事故自体の因果関係が認められなかったような事例もあり、また被害者に生じた傷害の結果の全てについて、加害者の運転行為によって生じたものとは認められず、すなわち因果関係が否定されて、請求の一部のみが認められたような事例もあります。
過失割合の判断の傾向としては、具体的な事情によりますが、直接接触していないという事実自体が過失割合に影響を及ぼしているというよりは、あくまでも加害者側と被害者側の行為態様によりその割合が判断されているものが多いといえます。
非接触事故も、基本的には不法行為に基づく損害賠償請求であるため、加害車両運転者の過失の有無や、損害の内容、行為と損害との間の因果関係、被害社側の過失の有無などを検討して判断されているということに変わりはないといえます。
質問のケースについては、全ての事情が分かっているわけではありませんが、交差点における右折時は原則として直進車が優先します。
しかしこのケースで乗用車を運転していた質問者は、「いけるだろう!」と考えて右折しているものであり、同運転の態様は、周囲の状況の認識や危険予測を都合良く、あるいは楽観的に行う運転、いわゆる「だろう運転」の典型的な場合であるといえます。
そしてその結果、直進してきた二輪車が急制動等することを余儀なくされて転倒したのであれば、本件の乗用車の運転者には少なくとも過失は認められ、また同運転者の行為と二輪車ないし二輪車の運転者に生じた損害との間に相当因果関係が認められる可能性が高いと考えられます。
質問者は、自らが「だろう運転」を行ったことを顧みず、接触していなければ事故ではないという考え方をして訴訟も検討しているようですが、おそらく訴訟ではそのような考え方は通らない可能性が高いといえます。
またそもそもそのような考え方をするのであれば、自動車を運転すべきではないといっても過言ではありません。
運転を行うにあたっては、「だろう運転」ではなく、危険予測を徹底する「かもしれない運転」を心掛けるべきであり、周囲の車両や歩行者等に危険を及ぼすような運転は厳に慎むべきです。
以上のように、非接触事故であっても、通常の交通事故と考え方は大きく変わるものではないと考えるべきです。
運転者は、危険予測を徹底して周囲に危険を生じないような運転をしなければなりません。
また、万一事故が生じた場合には、非接触であっても、交通事故が生じた場合の救護義務や通報義務等を遵守する必要があります。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
経営者や管理者が正しく法律知識を身につけ、対策することで、事業所全体の安全意識の向上へとつながり、交通事故を始めとした様々な法律上のトラブルが発生するリスクも低減することが可能となります。
(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
本冊子は、事故・トラブルとして6つのテーマを取り上げ、使用者責任や運行供用者責任といった事業所にかかる責任の解説をはじめとして、経営者や管理者として知っておかなければならない法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説しています。
法律知識を正しく理解することで、事業所の問題点を把握することができ、交通事故のリスクを低減することができます。
(2017.12月発刊)