私たちは日々、様々なルールに囲まれて生活しています。
法律や会社の規則、マニュアルなど、文字で明確に書かれたルールがある一方で、実際の現場では「みんながそうしているから」という理由で行動することも多いのではないでしょうか。
今回取り上げる「記述的規範」は、まさにこの「周りを見て行動を決める」という人間の特性を説明する概念です。
安全管理を考える上で、この概念を理解することは非常に重要です。
記述的規範とは、周りの人の行動を観察して「ここではこういうことがルールなんだな」と感じ取り、その通りの行動をするという行動様式のことです。
これは明文化されていない、いわば「暗黙のルール」に従う傾向を指します。
これに対して「命令的規範」があります。命令的規範とは、法律や規則、マニュアルなど、明文化されたルールのことです。
名前が少しややこしいのですが、書かれているものが「命令的規範」、書かれていないものが「記述的規範」と覚えておくとよいでしょう。
そして、人間は命令的規範よりも記述的規範に従いがちだということが分かっています。

記述的規範は安全にも大きな影響を与えています。具体的な例を見てみましょう。
信号無視をしている人が多い交差点では、「ここでは信号無視をしてもいいのかな」という雰囲気が生まれます。
制限速度についても同様で、法律上は決められた速度(命令的規範)があるものの、周りの車が皆その速度を超えて走っていると、「ここではこのくらいの速度が普通なんだ」と感じてしまいます。
エスカレーターの片側空けも典型的な例です。多くの駅や施設では、転倒事故防止のために「歩行禁止」を明示的に呼びかけており、エスカレーターの取扱説明書にも歩いてはいけないと記載されています。
つまり命令的規範としては歩いてはいけないのですが、周りの人の行動を見て片側を空ける行動を取ってしまうのです。
このように、安全のために作られたルールがあっても、みんなが守らないと「守らなくてもいい」という雰囲気が生まれ、リスクが高まってしまいます。
逆に言えば、みんなが守っていると感じられる環境では、自然とルールが守られやすくなるのです。

なぜ記述的規範が命令的規範よりも強いのでしょうか。
これは進化的な背景があります。命令的規範(文字で書かれたルール)ができたのは、人類が文字や文明を発達させた後のことで、せいぜい数千年程度の歴史しかありません。
一方、記述的規範(周りを見て行動を決める)は、人間になる前から使われてきた行動様式だと考えられます。
高等動物も周りの行動を見ながら自分の行動を決めることが知られており、この方が直感的で知識も不要、そしてトラブルが起きにくいという利点があります。
この特徴を理解した安全管理のアプローチとしては、以下のような方法が効果的です。
まず、「ルールを作ったから守るでしょう」という発想は避けることです。代わりに、みんなが守りやすい仕組みや、みんなが実際に守っていることを実感できるような工夫が必要です。
特にリーダーが率先してルールを守ることは極めて重要です。管理者や先輩が安全ルールを守っている姿を見せることで、「ここではちゃんと守るものなんだ」という記述的規範を形成できます。
また、安全行動を取っている人を積極的に評価し、見える化することも効果的です。これにより「安全行動が当たり前」という職場の雰囲気を作り出すことができるのです。
執筆:島崎 敢 近畿大学准教授