島崎 敢の安全辞典ー項目8「スキーマ」

■はじめに

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ベテランほどイレギュラーな作業に注意が必要

 前回、人間の行動は、スキルベース(自動的)、ルールベース(規則的)、ナレッジベース(知識的)の3つのレベルで行われるということを書きました(SRKモデル)。

 

 今回は、そのスキルベースの行動、つまり「無意識に自動的に実行される行動」が、どのようなメカニズムで脳内に保存され、どのように起動されるのかを説明する「スキーマ」という概念を紹介します。

 

 私たちは日常生活の中で、無意識のうちに多くの行動を自動的に実行しています。

 

 朝起きてコーヒーを淹れる、車を運転する、パソコンを立ち上げる。これらはすべてスキルベースの行動であり、その実体がスキーマなのです。

 

 この自動化は私たちの生活を効率的にしてくれる一方で、安全面では思わぬリスクをもたらすこともあります。

 

 なぜ経験豊富な作業者がミスをするのか、なぜ「いつもの手順」が危険を招くことがあるのか。

 

 その背景にあるメカニズムを理解することで、より効果的な安全対策を考えることができるのです。

■スキーマとは

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 スキーマという概念は、認知心理学者フレデリック・バートレット(Frederic Bartlett)によって最初に提唱され、後にジャン・ピアジェ(Jean Piaget)らによって発展してきた理論です。

 

 既存の知識構造が新しい知識や経験の理解・解釈にどのように働くかを説明するもので、20世紀初頭から認知心理学の重要な概念として知られています。

 

 スキーマとは、一連の行動のまとまりのことです。例えば「コーヒーを淹れる」というスキーマがあるとすると、その中には「お湯を沸かす」「カップを取り出す」「コーヒー豆を挽く」「お湯を注ぐ」など、いくつかの動作が順番に紐づいています。

 

 スキーマは階層構造(入れ子構造)になっており、大きなスキーマの中に小さなスキーマが含まれています。

 

 そしてスキーマが何らかの引き金(Trigger)によって活性化(Activation)されると、最後まで自動的に実行されてしまうという特性があります。

 

 この自動化のメカニズムは、脳の情報処理負荷を減らすためのもので、よく似た行動パターンをスキーマとしてまとめて、自動的に実行できるようにしたものです。

 

 つまり、SRKモデルで説明したスキルベースの行動は、実際には脳内にスキーマという形で保存され、引き金によって自動実行されているのです。

■安全との関わり

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スキーマの影響でスリップ(エラー)に陥った例

 スキーマによる自動化は効率的である一方、安全面では問題も引き起こします。

 

 スキーマが一度起動されると最後まで自動実行されてしまうため、途中で状況が変わっていても、その変化に気づかずに行動を続けてしまうことがあるのです。

 

 これが「スリップ(slip)」と呼ばれるエラーの原因です。

 

 よくある例としては、いつもの手順で作業をしているつもりが、実は今日は特別な条件があったのに気づかず、通常の手順を最後まで実行してしまうというケースがあります。

 

 例えば、休日なのに無意識のうちに職場に行く電車のホームに立っていた、という経験をした人もいるでしょう。「電車に乗る」というスキーマが起動されると、目的地が違っていても自動的に実行されてしまうのです。

 

 さらに、スキーマの途中で中断が入ると、より深刻な問題が起こります。

 

 車を出る時の例で考えてみましょう。通常は「鍵を持つ→車を降りる→ドアをロックする→ドアを閉める」という一連のスキーマがあります。しかし、「鍵を持つ」の段階で電話がかかってきて中断されたとします。その後、「ドアをロックする→ドアを閉める」という後半部分だけが自動的に実行されてしまい、鍵を車内に置いたままインキーロックしてしまう、というケースです。

 

 作業現場でも同様のことが起こります。

 

 機械の始動前に「安全装置の確認→電源投入→動作開始」というスキーマがあるとします。安全装置の確認中に同僚から声をかけられて中断され、その後「電源投入→動作開始」だけが自動実行されてしまうと安全装置の確認を飛ばしたまま機械が動き出す、という危険な状態になりうるのです。

 

 SRKモデルで言えば、本来はルールベースやナレッジベースで状況を判断すべき場面で、スキルベースの自動実行が優先されてしまう。

 

 これがスキーマによるエラーの本質です。

■事例と実践

スキーマによるエラー防止,指差呼称,チェックリスト,認知メカニズム
スキーマによるエラー対策として指差し確認が有効

 自動化された行動は効率的ですが、安全を確保するためには「本当に今、このスキーマを実行していいのか」を確認する仕組みが必要です。

 

 指差呼称は、自動的なスキーマの実行を一旦中断し、現状を確認する機会を作る方法の一つです。 「スイッチ、オフ、ヨシ!」と声に出すことで、スキルベースからルールベースへと意識的に切り替えることができます。

 

 また、チェックリストの活用も有効です。頭の中で「やったつもり」になるのではなく、実際に項目を一つずつ確認して記録することで、スキーマの自動実行による飛ばしや中断による抜けを防ぐことができます。

 

 作業手順を変更する際には、既存のスキーマを上書きする必要があります。単に新しい手順を教えるだけでなく、十分な訓練を重ねて新しいスキーマを形成することが大切です。特に緊急時や疲労時には、古いスキーマが無意識に起動されやすいため、注意が必要です。

 

 スキーマの理解は、なぜ経験豊富な作業者でもミスをするのかを説明してくれます。それは能力の問題ではなく、人間の認知メカニズムそのものの特性なのです。

 

 この理解があれば、個人を責めるのではなく、システムとして安全を確保する対策を考えることができるようになります。

執筆:島崎 敢 近畿大学准教授

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