
これまでSRKモデルやスキーマについて説明してきました。人間の行動は経験とともに自動化され、それが効率的である一方で、自動化しすぎることでエラーが起きるという話でした。
今回紹介する指差呼称は、まさにこの自動化の問題に対処するための実践的な手法です。
日本の鉄道業界で発展してきた方法で、今では多くの産業現場で採用されています。「信号よし」「速度よし」と声を出しながら指を差す、あの動作です。
一見すると単純な動作ですが、その背後には認知科学的な効果があります。ただし、何でもかんでも指差呼称すればいいというわけではありません。
むしろ、使い方を間違えると逆効果になることもあるのです。
指差呼称を効果的に活用するためには、その仕組みを正しく理解することが重要です。

指差呼称(「ゆびさしこしょう」または「しさこしょう」)は、確認対象を指で差し、声に出して確認する安全確認手法です。
日本の鉄道業界で1913年頃から導入され始め、その後、様々な産業現場に広がっていきました。指差喚呼(しさかんこ)などのいくつかの別の呼び方もあります。
基本的な動作は、確認対象に向けて腕を伸ばし、指を差しながら「○○よし」と声を出すというものです。この動作には、視覚、運動、聴覚という複数の感覚を同時に使うという特徴があります。
指差呼称によってエラー率が有意に低下したという研究は多数あり、作業内容によってはエラー率が1/10以下になる例もあります。
この効果は、単に「注意深くなる」というだけでなく、前回までに説明したSRKモデルやスキーマと深く関係しています。

指差呼称の安全効果は、認知科学的なメカニズムに基づいています。
SRKモデルの視点から見ると、指差喚呼はスキルベースで自動化された行動を、ルールベースやナレッジベースのレベルに引き上げる働きをします。
いつもの作業で無意識に流れてしまいそうな確認作業を、意識的な行動に戻すのです。
また、自動実行されているスキーマを一時的に中断させる効果があります。一連の動作が自動的に流れていく中で、指差呼称という行為を挟むことで、そこで一度立ち止まって意識を向けることができるのです。
さらに、複数の感覚を使うことで、覚醒効果がある、注意が確実に対象に向く、視力の良い中心視で確認できる、記憶の定着につながる、時間をかけてゆっくり確認できるなどの利点があります。
指差呼称はいい事ずくめのように見えますが、実は重要な問題もあります。指差呼称という行為自体も、繰り返し行っているうちにスキル化され、スキーマの一部になってしまう可能性があるのです。「指を差して声を出しているが、実際には何も確認していない」という形骸化が起きてしまうことがあります。
また、指差呼称はゆっくり確認できるという利点がある一方、作業効率を下げるという側面もあります。
これは両刃の剣です。頻繁に指差呼称を行いすぎると、作業の流れが阻害され、かえって集中力が途切れることもあります。

指差呼称を効果的に活用するためには、戦略的な運用が必要です。
最も重要なのは、「何でもかんでも指差呼称すればいい」という考え方を避けることです。指差呼称を行うべきポイントを慎重に選ぶ必要があります。
選定の基準としては、以下のような点が挙げられます。第一に、リスクが高い箇所です。エラーが発生した場合に重大な結果につながる可能性がある確認項目は、必ず指差呼称の対象とすべきです。
第二に、エラーが起きやすい箇所です。過去のインシデント記録や作業分析から、間違いが発生しやすいポイントを特定し、そこに指差呼称を配置します。
第三に、類似した作業の分岐点です。別のスキーマが活性化されてしまう可能性が高い状況では、指差呼称によって似た作業の違いを意識することが有効です。
一方で、ルーティン的で低リスクな確認項目まですべて指差呼称にすると、形骸化のリスクが高まります。作業全体の中で、本当に重要なポイントに絞ることが大切です。
また、指差呼称が形骸化していないかを定期的にチェックすることも重要です。作業を観察して、指差呼称を行っているが実際には確認していない様子が見られたら、その指差呼称は効果を失っています。
この場合、指差呼称の箇所を見直すか、改めてその重要性を教育する必要があります。
指差呼称は優れた安全手法ですが、その効果を最大限に引き出すためには、認知科学的な理解に基づいた適切な運用が不可欠なのです。
執筆:島崎 敢 近畿大学准教授