
皆さんは「地区防災計画」という制度をご存じでしょうか。
2011年の東日本大震災では、行政が策定した防災計画が、必ずしもうまく機能しなかったという課題が浮き彫りになりました。
自治体の行政機能が麻痺するほどの大規模災害では、自助や共助が機能しなければ、人々の命を守ることはできません。この教訓から生まれたのが、地区防災計画制度です。
あまり知られていないこの制度ですが、住民が自分たちの手で防災計画を作り、それを行政に提出して検討させることができるという、非常に画期的な仕組みです。
しかも、行政には提出された計画を検討する義務があります。知っておいて損はない制度ですので、今回はこの地区防災計画について取り上げます。
地区防災計画は、災害対策基本法第42条の2に基づく制度で、2013年の同法改正により創設され、2014年4月1日に施行されました。
市町村内の一定の地区の居住者及び事業者(地区居住者等)が共同して行う、自発的な防災活動に関する計画です。
従来、災害対策基本法の中に位置づけられていた防災計画は3種類でした。国が策定する「防災基本計画」、電力・ガス・鉄道などの重要事業者が策定する「防災業務計画」、そして自治体が策定する「地域防災計画」です。
しかし、これらはいずれもトップダウンで策定されるものであり、現場の住民しか知らない情報が反映されにくいという構造的な問題を抱えていました。
地区防災計画は、この問題を解消するために設けられたボトムアップ型の計画制度です。
計画の主体となる「地区居住者等」の範囲は非常に幅広く、自主防災組織、自治会、町内会、学校、事業者、マンション管理組合など、個人と家族以外であれば基本的にどのような団体でも対象となります。

この制度の最大の特徴は、住民が持つ地域固有の情報を防災計画に反映できる点にあります。
たとえば「この道路は狭くて緊急車両が入れない」「この避難経路は高齢者には無理がある」といった、実際にその地域で暮らしている人にしかわからない情報は数多く存在します。
トップダウンの計画では、こうした現場の実情が見落とされがちです。
地区防災計画では、住民が自治体の地域防災計画を確認した上で、「行政はこう言っているが、実際にはこの通りにはいかない」という部分に対して具体的な指摘や提案を行うことができます。
いわば、パブリックコメントを大幅に強化したような仕組みです。
さらに重要なのは、行政側に検討義務があるという点です。地区居住者等から計画の提案(素案の提出)があった場合、市町村防災会議は遅滞なくこれを検討しなければなりません。
内容が妥当であれば地域防災計画に反映させる必要がありますし、反映させない場合にも、その理由を提案者に通知する義務があります。
つまり、住民の声を無視できない仕組みになっているのです。

2025年版の防災白書によると、2024年4月1日現在、43都道府県244市区町村の2,727地区で地区防災計画が地域防災計画に反映されており、さらに46都道府県463市区町村の7,701地区で策定に向けた活動が行われています。
合わせると全国で1万地区以上がこの制度に関わっていることになります。2018年の西日本豪雨では、地区防災計画によって住民の命が守られた事例もいくつか報告されています。
実際の計画づくりでは、住民がまず自分たちの地域の災害リスクを確認し、地域防災計画(自治体のホームページで公開されています)を読み込んで、自分たちの地区にとって不十分な点や改善すべき点を洗い出します。
そして「自分たちはこれを実行する」「行政にはこういう対応を求める」といった内容を計画としてまとめ、市町村防災会議に提出します。
この制度には、計画そのものの効果だけでなく、計画を作るプロセスに大きな意義があります。
地域の防災について住民同士が話し合い、課題を共有することで、コミュニティの結束が強まります。
また、行政との対話が生まれることで、普段は接点の少ない住民と行政の間にコミュニケーションのチャンネルが開かれます。地域防災計画がより実態に即したものにブラッシュアップされていくという効果も期待されています。
かつては地域防災計画の読み込みなど、計画づくりのハードルが高い面がありました。
しかし最近では、内閣府が「地区防災計画ガイドライン」や「地区防災計画ガイドブック」を公表しているほか、AIツールを活用して膨大な行政文書を効率的に読み解くこともできるようになっています。
自分たちの命を守るための計画を、自分たちの手で作り、行政に働きかけることができるこの制度を、ぜひ活用していただければと思います。
執筆:島崎 敢 近畿大学准教授