
デジタル・テイラー主義という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
テイラー主義自体は100年以上前の話なのですが、それがデジタル技術によって現代に蘇り、新たな問題を引き起こしています。
もともとテイラー主義は、産業革命の後に工場の生産性を上げるために生まれた考え方です。
フレデリック・テイラーという人物が提唱した「科学的管理法」がその原点で、作業員一人ひとりの動作をストップウォッチで計測し、何秒かかるかを分析して、無駄のない作業工程を設計するというものでした。
この手法によって工場の生産性は飛躍的に向上しました。
さらにヘンリー・フォードは、ベルトコンベアを導入することでこの考え方を強化しました。作業員が移動するのではなく、作業対象がコンベアに乗って流れてくる。
そうすることで作業員は勝手に休むこともできず、強制的にラインのペースに合わせなければなりません。チャップリンの映画「モダン・タイムス」は、まさにこうした機械に支配される労働者の姿を痛烈に描いた作品として有名です。
そうした工場での出来事が、今度はデジタル技術を通じて現代のあらゆる職場に広がりつつあるのではないか。それが「デジタル・テイラー主義」という問題提起です。

デジタル・テイラー主義(Digital Taylorism)とは、デジタル技術を活用して従業員の行動を監視・測定・管理する現代的な管理手法のことです。
Altenried(2020)の定義によれば、「デジタル技術が新たな標準化、分解、定量化、および監視の手段を可能にする管理手法」とされています。
ホワイトカラーの仕事では、パソコンでの業務がほぼすべてログとして記録できるようになっています。
メール1本に何分かかったか、1時間に何本のメールを処理したか、どのウェブサイトをどれだけ閲覧していたか。こうしたデータがすべて取得・分析可能になっているのです。
輸送業の世界でも同様のことが起きています。トラックドライバーやタクシー運転手は、かつては車庫を出たら比較的自由に仕事ができていました。
しかし現在はGPSによって常に位置が把握され、車両の操作ログも詳細に記録され、それらがAIで分析されるようになっています。
世界的に物流事業を展開するUPS社のドライバーの例では、74ページにわたる作業ガイドブックと1台あたり200個のセンサーによって、労働の計測と監視が強化されていることが報告されています(Altenried,2019)。
パンデミック以降、こうした監視ソフトウェア(「ボスウェア」とも呼ばれます)の導入はさらに加速しました。
ある調査では、米国企業における監視ツールの使用率がパンデミック前の30%から60%に倍増したという報告もあります(Hunter,2021)。

デジタル・テイラー主義による過度な監視は、従業員の安全と健康にさまざまな影響を及ぼします。
まず、精神面への影響です。Siegel,König&Lazar(2022)のメタ分析(※)によると、電子的な監視は従業員の職務満足度をやや低下させ(r=−0.10)、ストレスをやや増加させる(r=0.11)ことが示されています。
常に見られているという感覚は、自尊心の低下や不安感の増大を招きます。
次に、パフォーマンスへの逆説的な影響があります。同じメタ分析では、電子的な監視とパフォーマンスの間にはほぼ相関がないことが明らかになっています(r=−0.01)。
つまり、監視を強化しても生産性は上がらないのです。
それどころか、反生産的行動(Counterproductive Work Behavior)とはわずかながら正の相関がある(r=0.09)という結果も出ています。監視が逆に問題行動を誘発している可能性すらあるわけです。
さらに重要なのが、向社会的行動(Prosocial Behavior)の減少です。
Niehoff&Moorman(1993)の研究では、管理者が業務行動の監視を強めれば強めるほど、従業員が「他者を助ける」「困っている人に手を貸す」といった組織市民行動を行わなくなることが示されています。
トラックドライバーの例で言えば、配送先で困っているお客さんを手助けしたり、道路上で困っている人を助けたりといった行動が減ってしまうのです。「言われたことだけやればいい」というメッセージを受け取った従業員は、まさにそのとおりに行動するようになります。
肉体的な面でも問題があります。
テイラー主義の本質は「休みなく効率的に働かせ続ける」ことにあり、デジタル監視によってその圧力がさらに強まります。
休憩のタイミングまで管理され、常にペースを維持することを求められれば、肉体的な疲弊は避けられません。これは安全上、大きなリスク要因となります。
(※)特定の調査質問に関する複数の研究結果を組み合わせる統計手法

デジタル・テイラー主義の問題は、技術そのものが悪いということではありません。
GPSによる運行管理は安全管理に不可欠な面もありますし、業務ログの分析が業務改善につながることもあります。問題は、その技術をどのような目的で、どの程度まで使うかということです。
研究者たちが指摘しているのは、監視の「目的」が重要だということです。
Wells,Moorman&Werner(2007)の研究では、電子的な監視が「従業員の成長・育成」を目的としている場合には、職務満足度や組織信頼にむしろ良い影響を与えることが示されています。
一方で、「取り締まりや罰則」を目的とした監視は、従業員のモチベーションや信頼を損なう結果になります。また、監視の運用について従業員に事前に透明な説明を行うことも重要です。
何のデータを、どのような目的で取得しているのかを明確にし、そのデータが従業員の安全や成長のために活用されるという信頼関係を構築する必要があります。
技術の進歩によってデジタル監視はますます高度化していきます。しかし、この技術を振りかざして従業員をどこまで締め付けるかという判断は、経営者に委ねられています。
監視によって短期的な効率は上がるかもしれませんが、従業員の自尊心やモチベーション、そして向社会的な行動を失わせることは、長期的には企業にとって大きなマイナスになります。
安全という観点から見ても、疲弊した従業員、やる気を失った従業員がいる職場は、決して安全とは言えません。テクノロジーの活用と人間の尊厳のバランスをどう取るか。
それが現代の安全管理における重要な課題なのです。
執筆:島崎 敢 近畿大学准教授