島崎 敢の安全辞典ー項目24「人体計測」

■はじめに

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サイズの割振りを考える現代の社長

 もしあなたが洋服メーカーの社長になり、1万枚のTシャツを生産することになったら、S・M・Lの各サイズは何枚ずつ作るでしょうか。同じ数ずつでしょうか。

 

 SSやLLはどうしますか。そもそも各サイズの丈や幅はどうやって決めたらよいのでしょうか。

 

 こんな問いに答えてくれるのが、人間工学の最も古典的な分野である「人体計測」です。

 

 人体計測は、安全な製品や環境を設計するうえで欠かすことのできない基盤であり、私たちが普段何気なく使っているものの多くが、このデータに基づいて作られています。

■人体計測とは

人体計測,大量のデータ,ヒストグラム,正規分布,パーセンタイル
産業革命時に初めてサイズ割に悩む洋服屋の経営者

 人体計測(Anthropometry)とは、多数の人の身体各部位の大きさ、力、感覚器官の感度など、人体に関するあらゆるデータをひたすらコツコツと測定し、その分布の特徴を明らかにしていく学問分野です。

 

 そのルーツは産業革命にさかのぼります。

 

 それ以前、洋服は家族の体型に合わせて手作りされていましたが、工場で大量生産が始まると、経営者たちは「どのサイズをどれだけ作ればよいのか」という問題に直面しました。

 

 サイズ設定や生産量の調整を誤れば、大量の売れ残りを出すことになります。こうした背景から、人々の体を体系的に測ることが始まりました。

 

 人体計測のポイントは、大量のデータを集めて分布の特徴を把握することにあります。身長のような自然界のデータは、横軸に値、縦軸に人数をとったヒストグラムを描くと、多くの場合「正規分布」と呼ばれるベル型の曲線になります。

 

 すごく背が高い人やすごく背が低い人は少なく、平均的な身長の人が最も多い。この分布の形がわかると、人口の何%がどの範囲に収まるかを計算できるようになります。

 

 設計の現場では、この分布をパーセンタイルという単位で扱います。たとえば「5パーセンタイル」とは、全体の5%の人がその値以下であることを意味し、「95パーセンタイル」とは全体の95%の人がその値以下であることを意味します。

 

 5パーセンタイルから95パーセンタイルの範囲で設計すれば、全体の90%の人を対象にできます。

■安全との関わり

人体計測,分布データ,製品の用途別
手が届かない人には安定した台を使うなどの対策を

 人体計測データは、製品や環境の安全設計に直結しています。サイズ別で作らない製品を設計する際には、ほとんどの人が安全に使えるよう、分布データに基づいた設計が不可欠です。

 

 設計の基本原則は、対象とするパラメータの性質によって異なります。

 

 高い場所の棚の高さは、背が低い人(5パーセンタイル付近)に合わせなければ多くの人が棚の奥を見たり、奥のものを取ったりできません。

 

 一方、椅子の強度は体重が重い人に(95パーセンタイル付近)に合わせなければ、破損による怪我の危険があります。つまり、何を設計するかによって、分布のどちら側を基準にすべきかが変わるのです。

 

 対象とする人口の何%をカバーするかも、製品の用途によって変わります。棚の高さは人口の90%が使いやすい高さにし、残りの10%には台を使ってもらうという判断もあり得ます。

 

 しかし公共の場に置く椅子は、99.9%の人が座っても壊れない強度ではまだ不十分かもしれません。安全に関わる場面では、排除される少数の人にとっての結果が深刻であるほど、より高いカバー率を確保する必要があります。

 

 大きさや重さ以外のデータも安全設計に活用されています。車のブレーキペダルは、踏み込む力がとても弱い人でも十分な制動力が得られるように設計されています。

 

 高速道路のトンネルの照明は、入口付近と奥で明るさが異なりますが、この変化のさせ方は、人間の目が暗さに順応していく速度のデータに基づいています。

■事例と実践

人体計測,椅子の座り心地,人間工学的な視点,安全な環境づくり
座り心地が良い椅子は人体計測データに基づいている

 人体計測データに基づいた設計のおかげで、私たちは多くの製品を安心して使うことができています。

 

 一方で、たまにひどく使いにくいものに出くわすことがありますが、こうした製品はデータに基づいた最適化がされていない可能性があります。

 

 身の回りの使いやすいものや使いにくいものを見つけた時に、なぜそう感じるのか、人間の体のどんなパラメータと合っているのか、あるいは合っていないのかを考えてみると、普段何気なく使っているものを人間工学的な視点で捉えられるようになります。

 

 そしてその視点を養うことは、安全な環境づくりの第一歩でもあるのです。

執筆:島崎 敢 近畿大学准教授

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