「あの人の名前なんだっけ、喉まで出かかっているんだけど思い出せない!」という経験は誰にでもあるのではないでしょうか。この現象には「舌先現象」という名前がついています。
この時、私たちは「名前を知らない」のではなく、「かつて知っていたが今は思い出せない」ということを自覚しています。この「自分の認知状態を認知する」能力が、今回取り上げる「メタ認知」です。
メタ認知(Metacognition)とは、自分自身の認知活動を対象とした認知のことです。アメリカの発達心理学者ジョン・H・フラベルが1970年代に提唱した概念で、1979年の論文では「認知現象についての知識と認知」と定義されています。簡潔に言えば「自分の思考について考えること」であり、「メタ」はギリシャ語で「上位の」「超えた」を意味する接頭語です。
わかりやすく言えば、自分視点で物事を認識している自分とは別に、斜め上から自分をクールに眺めているもう一人の自分がいるようなイメージです。冒頭の「喉まで出かかっている」の例では、メタ認知の機能がなければ「あの人の名前」は単に「知らない」で終わります。しかしメタ認知は「かつてその人の名前を知っていたこと」と「今は記憶の想起に失敗していること」を、斜め上から客観的に把握しているのです。
フラベルの理論では、メタ認知は大きく「メタ認知的知識」と「メタ認知的制御」の2つの要素から成ります。メタ認知的知識とは、自分が何を理解していて何を理解していないか、何ができて何ができないかなど、自分の能力についての客観的な認識です。メタ認知的制御とは、その知識に基づいて自分の思考や行動を計画し、モニタリングし、調整する機能のことです。
メタ認知は安全と深く関わっています。疲れや焦りを感じた時に、斜め上からそれに気づくことができれば、休憩を取って一旦落ち着くなど、必要な対処ができます。逆にメタ認知が働いていなければ、疲労や焦りに気づかないまま危険な状態で作業を続けてしまう可能性があります。
高齢ドライバーの研究では、加齢によって心身機能が低下しても、メタ認知能力が健在であれば、能力の低下を自覚しながら安全運転を行うため、運転のリスクがそれほど上がらないことが報告されています。自分の衰えを自覚できていれば、速度を落とす、夜間や雨天の運転を避けるといった、衰えをカバーする行動(補償行動)を取ることができるからです。つまり、身体機能そのものの低下よりも、その低下を自覚できないことの方が危険だと言えます。
メタ認知はコミュニケーションにも影響します。自分と相手の会話を斜め上から見つめることができれば、自分の発言が相手にどう受け取られているか、自分の説明が相手に理解されているかをモニターできます。本辞典の「心理的安全性」や「権威勾配」の回で触れたように、安全に関わる現場ではコミュニケーションの質が命に直結します。メタ認知は、そのコミュニケーションの質を支える土台となる能力なのです。
計画的な安全管理にもメタ認知は不可欠です。目標が自分たちの能力に対して実現可能か、計画の方法や期間は適切か、必要な資源は揃っているかを客観的に評価できれば、計画の成功率を高める修正ができ、プロジェクト進行中の進捗も適切に把握できます。
メタ認知能力を高めるには、自分の考え方や行動を自己観察する習慣をつけることが有効です。自分自身の強みや弱み、思考のプロセス、行動パターンなどを観察し、自己理解を深めましょう。この時、自分の思考、感情、行動の理由を言語化することで理解が深まります。感じたことや考えたことを日記に書いてみるのも効果的だと言われています。
他者の視点も参考になります。自分が周囲からどう見えているかを教えてもらい、「自分が思っていた自分」との違いを認識しましょう。そういった相手がいない場合は、自分の行動を録画して見るだけでも新しい気づきがあるかもしれません。
指導者の立場から他者のメタ認知能力を育てるには、上手な質問を投げかけることが大切です。何を感じ、どういう思考プロセスを経てその行動をしたのかを、問い詰めるのではなく質問し、相手自身に言語化してもらいます。また、自分の行動の結果を自己採点してもらい、満点に足りない部分は何か、それを改善するにはどうすればよいかを問いかけるのも有効です。
なお、過度なメタ認知はチャレンジを阻害することもあります。あまりにクールに自分の能力や現状を分析しすぎると「自分には無理だからやめておこう」と思ってしまうかもしれません。そんな時は、さらに一段上に立って「メタ認知しすぎてチャレンジ精神を失っている自分」をメタ認知してみることが大切です。
執筆:島崎 敢 近畿大学教授