車を運転していて、前の車の動きに「下手くそだな」「わざとやっているのか」とイライラした経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
あるいは電車の中で大声で電話をしている人を見て、「なんてマナーの悪い人だ」と腹を立てたことがあるかもしれません。
ところが不思議なことに、自分が同じことをするときには「今日は事情があるから仕方ない」と考えていたりします。
この、自分と他人とで原因の見え方がまるで違ってしまう心の仕組みには、ちゃんと名前がついています。それが今回取り上げる「基本的帰属の誤り」です。
基本的帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)とは、他人の行動の原因を考えるとき、その人が置かれた状況や事情を軽視し、その人の性格や人格のせいにしてしまう心理的な偏りのことです。
この用語は、スタンフォード大学の社会心理学者リー・ロス(Lee Ross)が1977年に提唱しました。
心理学では、ある行動の原因が何であるかを推測することを「帰属」と呼びます。行動の原因は、大きく分けると「その人自身(性格・能力・意図)」と「状況(周囲の事情・環境)」の2つに帰属できます。ここで人間には、自分の行動については状況に、他人の行動についてはその人自身に原因を求めやすいという非対称性があるのです。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。自分自身の事情は、自分が一番よく分かっています。しかし他人の事情は外からは見えません。見えない事情をあれこれ想像するよりも、目の前に見えている「その人自身」に理由を求めるほうが手っ取り早い。こうして、他人の行動は「その人がそういう人だから」という説明に落ち着いてしまうのです。
冒頭の運転の例で考えてみましょう。自分が急いでいるとき、その理由は自分でよく分かっています。集合時間に間に合わない、道が渋滞していた、といった事情です。
一方、周りの車はどうでしょうか。ゆっくり走っている車は「道が分からず探している」のかもしれません。「子供のお迎えで焦っている」車もあれば、「重い荷物を積んでいて加速できない」車もあるでしょう。「体調が悪くてトイレを探している」人もいるかもしれません。しかし、こうした事情は車外からは一切見えません。
その結果、「あのドライバーは下手くそだ」「わざと強引に割り込んできている」と、相手の人格に原因を帰属してしまいます。これが単なるイライラで済めばまだよいのですが、苛立ちは車間距離の詰めすぎや無理な追い越しといった攻撃的な運転を誘発し、あおり運転などの重大なトラブルに発展することさえあります。相手の事情が見えないだけなのに、「悪意がある」と解釈してしまうことが、道路上のリスクを高めているのです。
この心の偏りを明らかにした「クイズ王実験」という実験があります。学生をくじ引きで「出題者」と「回答者」に分け、出題者には自分の得意分野から自由に問題を作らせます。当然、回答者はほとんど答えられません。この様子を見ていた観察者に「どちらが知識豊富だと思うか」と尋ねると、多くの人が「出題者」と答えたのです。
ここで重要なのは、観察者は「出題者が自分の得意分野から問題を出している」という有利な事情を、事前に知らされていたという点です。役割がくじ引きで決まったことも知っていました。それでもなお、目の前の結果だけを見て「出題者のほうが優秀だ」と評価してしまったのです。人間は、事情を頭で分かっていてもなお、行動や結果からその人自身を判断してしまう生き物なのです。
この偏りは、事故やミスの原因分析にも影を落とします。誰かのエラーで事故が起きたとき、私たちは「あの人が不注意だから」「いい加減な性格だから」と、当事者の人格に原因を帰属しがちです。しかし実際には、無理な作業計画、分かりにくい手順、疲労を招く勤務体制など、状況の側に原因が潜んでいることが少なくありません。人格に帰属して当事者を責めるだけでは、状況側の原因が放置され、別の人が同じ事故を繰り返すことになります。本辞典の「スイスチーズモデル」の回で述べた「誰が悪いかではなく、なぜ起きたかを問う」という姿勢は、まさにこの基本的帰属の誤りへの対抗策でもあるのです。
基本的帰属の誤りへの対策は、まずこの偏りの存在を知ることから始まります。そのうえで、日常で実践できるアクションをいくつか紹介します。
第一に、「相手にも事情があるのかもしれない」と想像してみることです。他人の気になる行動を見たとき、「何か事情があるのだろう」と一度思ってみるだけで、イライラはかなり軽減されます。電車で電話をしている人も、もしかしたら「大口の取引先からの重要な連絡」のような、どうしても出なければならない事情があるのかもしれません。実際のところ事情が何かは分からなくてよいのです。「見えない事情があり得る」と思えること自体に意味があります。
第二に、逆の立場で考えると、自分の事情を黙って察してもらうことは期待できない、と割り切ることです。クイズ王実験が示したように、人間は事情を知らされていてもなお結果で相手を判断してしまいます。ましてや、何も伝えていない相手に「こちらの事情をくみ取ってほしい」と期待するのは無理な話です。事情があるなら、言葉や態度で伝える必要があります。
第三に、特に運転の場面では、「顔が見える関係」を意識的に作ることです。車に乗っていると互いの顔が見えないため、相手を「マナーの悪いやつだ」と極端に悪く想像してしまいがちです。道を譲ってもらったときに顔を見せて笑顔で会釈する、割り込んでしまったときに申し訳なさそうな表情で手を上げる。それだけで、相手に「思っていたほど悪い人ではなさそうだ」「何か事情があったのかもしれない」と想像させるきっかけを作ることができます。
他人の行動にイライラしたとき、それは相手の人格の問題ではなく、自分の心の中で基本的帰属の誤りが働いているサインかもしれません。「見えない事情」への想像力を持つこと。それが、無用なトラブルを減らし、道路や職場をより安全な場所にする第一歩となるのです。
執筆:島崎 敢 近畿大学教授