救護義務違反の重大性を指導しておこう

■事故を起こしても「ひき逃げ」だけは厳禁

コロナ対策で自転車通勤

 最近、ひき逃げの事件報道があとをたちません。

 その多くは、人をひいたことにはっきりと気づきながら、「怖くなって逃げた」という卑劣なものです。

 

 しかし、中には運転者本人が人をひいたかどうか定かでない場合や、被害者が大した怪我をしていないと勝手に思い込み、後で現場に戻って、ひき逃げで逮捕されるケースがあります。また、四輪車同士の事故でも、相手が負傷しているのにその場を立ち去れば「ひき逃げ」が成立します。

 

 ひき逃げ=救護義務違反=に問われると重い刑事罰を受けるだけでなく、特定違反として行政処分も非常に厳しくなり、運転業務を続けることは困難になります。

 事故はあくまでも過失ですが、助かるかもしれない命を見捨てて逃げる行為は明らかに意図的な犯罪ですから罪が思いのです。

 

 運転者に対して、今一度ひき逃げの重大性を指導しておきましょう。

■こんな事故が発生しています

多発する自転車事故

■「仕事優先」でその場を離れた

 2020年7月19日午前4時過ぎ、東京都北区の都道で乗用車を運転して出勤途中の警視庁職員(54歳)が、道路に横たわっていた会社員の男性をひいて死亡させ逃走しました。

 

 警察は職員を自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕しました。職員は最初「人とは思わなかったのでその場を離れた」と供述していましたが、その後、発見者を装って人が倒れていたことを110番通報していたことがわかりました。

 「仕事に遅れると思って、通勤を優先させた」というのが本音だったのです。

 

■「急いでいたから」ひき逃げ

 2020年9月10日午前7時ごろ、静岡県掛川市の交差点で、乗用車を運転していた医師の女性(26歳)が、ミニバイクに衝突して乗車していた男性の足などに軽傷を負わせたにも関わらずそのまま走り去り、ひき逃げの疑いで逮捕されました。

 医師は、出勤途中で「急いでいたので」と供述しています。

 

 「仕事を優先」とはいかにも自己中心的な理由ですが、医師や警察職員など法や人命を守るべき立場の人々でさえ、このような言い訳が成り立つという心理に陥るところが、ひき逃げ事件の恐ろしいところです。

 

ひき逃げを全否定しても有罪とされた判例がある

 人をひいた死亡事故で被告が「人と衝突したという認識は全くなかった」と終始一貫主張して刑事裁判で争ったケースがあります。その判決では、車のドライブレコーダーに人以外の物などに当たったと誤解する状況が記録されていなかったことや、人に当たった衝突音が録音されていたことなどを根拠に「人と衝突したことを十分認識できる状況だった」と判定し、懲役3年(執行猶予5年)の有罪を言い渡した例があります(新潟地裁三条支部2019年6月5日判決)。

■ひき逃げは重罰

 交通事故が起こったとき、運転者は直ちに負傷者を救護し、また、道路における危険防止措置を講じる義務があります。このとき、事故の責任が明らかに被害者の一方的な過失であっても同じです。

つまり、すべての運転者の義務として定められているものです。ただし、罰則には軽重があります。

(道路交通法第72条第1項前段)

 救護義務・危険防止措置義務を守らなかったときには、次のような罰則があり、相手の一方的過失で交通事故が発生しても、その場を立ち去れば罰を受けるのです(罰則・道路交通法第117条)。

死傷事故がその運転者の 

運転に起因する場合 

10年以下の懲役

又は100万円以下の罰金


(上記以外)その運転者の運転には

起因しない場合 

5年以下の懲役

又は50万円以下の罰金


■併合罪で懲役の期間が長期化する

 通常、運転者に事故の責任がある場合は、救護義務違反の罪が過失運転致死傷や危険運転致死傷などの罪と併合されることが多いので、実際には以下のような罰則が適用される可能性が高まります(併合罪は重い方の罪の1・5倍が適用されます)。

 交通事故の相手が負傷したとき、救護措置をして病院への見舞いなど誠意を見せた運転者には、過失運転傷害罪などに問われた場合でも罰金刑の適用が一般的です。相手が軽傷のときは不起訴処分も考えられます。しかし、逃げたことにより懲役刑の可能性があるということです。

 

 なお、飲酒運転などの発覚を隠そうと逃げても、逃げ得を許さない「発覚免脱罪」(自動車運転死傷行為処罰法 第4条)が適用されますので、この罪だけで最長で懲役12年となり、さらにひき逃げの罪と併合され、18年以下の懲役ということになります。 

★過失運転致死傷罪と 

 併合された場合 

15年以下の懲役

 


★危険運転致死傷罪と 

 併合された場合 

相手が死亡──30年以下の懲役

相手が負傷──22年6か月以下の懲役


■特定違反行為となり、通常の違反より免許取消後の欠格期間が長期化

自転車のながら運転事故

 交通事故に責任がある場合、軽傷事故で3点から重傷事故では13点、死亡事故では20点など、下の表1のように事故の付加点数が発生します。

 ひき逃げは特定違反行為として、違反点数35点が付加されます。

 

 交通違反点数や事故の付加点数に35点を加えると、今まで免許停止処分などの前歴がない人でも、いきなり免許取消処分の対象となります。

 さらに、特定違反行為の場合は行政処分が厳しいため、欠格期間(再び運転免許を取得できない期間)が長期間になります(表2)。

 

 飲酒運転を隠すために逃げて酒気帯び運転の25点が付加された場合、欠格期間が最長の10年になることもあります。 

 10年間クルマを運転できないことを考えると、ひき逃げの愚かさがわかります。

  

■表1 交通事故の場合の付加点数 

【交通事故の種別 事故の付加点数
○ 死亡事故 ── 責任の度合いが重い場合  20点
  死亡事故 ── 責任の度合いが軽い場合 13点
○ 傷害事故(治療期間3月以上)── 責任の度合いが重い場合 13点
  傷害事故(治療期間3月以上)── 責任の度合いが軽い場合 9点
○ 傷害事故(治療期間3月未満)── 責任の度合いが重い場合 9点
  傷害事故(治療期間3月未満)── 責任の度合いが軽い場合 6点
○ 傷害事故(治療期間30日未満)── 責任の度合いが重い場合 6点
  傷害事故(治療期間30日未満)── 責任の度合いが軽い場合 4点
○ 傷害事故(治療期間15日未満)── 責任の度合いが重い場合 3点
  傷害事故(治療期間15日未満)── 責任の度合いが軽い場合 2点

※「責任の度合いが重い場合」とは、交通事故がもっぱらその違反行為をした運転者の不注意等によって発生したものである場合(いわゆる第一当事者)

■表2 特定違反行為に係る行政処分と累積点数の区分

 

                    免許の取消・拒否の欠格期間

前歴の

回数

欠格期間

10年

欠格期間

9年

欠格期間

8年

欠格期間

7年

欠格期間

6年

欠格期間

5年

欠格期間

4年

欠格期間

3年

なし

70点以上

65-69点

60-64点

55-59点

50-54点

45-49点

40-44点

35-39点

1回 65点以上 60-64点 55-59点 50-54点 45-49点 40-44点 35-39点  
2回 60点以上 55-59点 50-54点 45-49点 40-44点 35-39点    
3回以上 55点以上 50-54点 45-49点 40-44点 35-39点      

※「前歴」とは過去3年以内の免許停止処分等の回数

※過去5年以内に免許取消処分等を受けていた場合は、欠格期間9・8年が10年、7年が9年、

 6年が8年、5年が7年、4年が6年、3年が5年にそれぞれ延長される。

■こんなケースも「ひき逃げ」に該当します

自転車チェーン外れ

■バスの進路を妨害して車内事故を誘発

 先を急ぐ車が路線バスの直前に強引に進路変更し、バスが衝突を避けるために急ブレーキを踏んだとします。

 

 このとき乗客が転倒し重傷事故などが発生した場合、警察は、割り込んでそのまま走り去った車に人身事故の責任があるので、運転者をひき逃げ犯として逮捕することがあります。

 刑事罰はもちろん、車内事故被害者の損害賠償責任も負います。

 

■接触しなくても相手が転倒事故

 同様に、バイクとの非接触事故でひき逃げを適用するケースがあります。

 

 直進してくるバイクの前を強引に右折していく四輪車が少なくありません。

 このとき、バイクが急ブレーキをかけて転倒して負傷事故となった場合は、無理な右折をした車の運転者が非接触事故の第一当事者となります。転倒事故を誘発し放置したひき逃げ犯として逮捕されることになります。

■「ひき逃げ」をしないための5つのポイント

自転車のあおり運転

 ひき逃げをしないためには、次の5つの事項を常に意識し、とっさのときにも正しく行動できるようすることです。

 

  • 直ちに運転を停止する──接触やバイクの転倒、タイヤが何かに乗り上げたなど少しでも不安を感じたら必ず停止する。直後に現場を去らない。
  • 負傷者がいないか確認し救護する──負傷者がいたら安全な場所に移動し、可能な限り迅速に治療を受けさせる。
  • 道路上の危険防止の措置──二次事故の発生を予防する義務がある。
  • 警察官に、発生日時、死傷者・物の損壊の状況や事故後の措置、積載物を報告する──電話で報告して立ち去ることはやめる。
  • 警察官の指示に従う──通常は報告を受けた警察官が現場にいるよう求めるので、警察官が到着するまで現場に留まる。

【参考】

 ・ひき逃げは、重大な犯罪として追及されます!(交通事故の判例ファイル)

 ・死亡「ひき逃げ」で懲役9年(交通事故の判例ファイル)

 ・改正道交法 ─「あおり運転」を厳罰化/2020年6月30日施行(最近の法令改正)  

■運転者として失格とならないように、繰り返し教育しましょう

 好評いただいている小冊子「ドライバー失格!危険・迷惑運転」に、あおり運転の罰則強化の項目を追加した改訂二版を発売しました。また、2019年12月から施行されている「ながら運転」に対する罰則強化も詳しく解説しています。

 

 「あおり」や「ながら」「ひき逃げ」といった違反は企業イメージを大きく低下させてしまうため、対策の徹底が必要です。本書は普段の運転ぶりをチェックするところから始まりますので、従業員にもう一度運転行動を見直すきっかけを供与することができます。

 

 ぜひ本書を活用いただき、交通安全意識の高揚にお役立てください。

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11月12日(火)

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