弊社の女性従業員が運転する社有車が片側一車線道路を走行中、渋滞している対向車線の間から出てきた乗用車と衝突してしまいました。その際に、衝突した乗用車から強面の男性が社有車に接近し、罵詈雑言を叫びながら車を蹴ったり、ドアノブに手をかけて引っ張るなどの暴力を振るいました。この事故以降、女性はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ休職したままです。このように、事故によって従業員が精神疾患の被害を受けた場合、相手方に対してどのような責任を問うことができますか?
本件のような場合、考えられる責任は、刑事責任と民事責任が想定されます。
そしてこれらの責任については、まず渋滞している対向車線の間から出てきたという交通事故自体に関する責任の検討が考えられ、また当然相手の男性の罵詈雑言や車に対する暴力に関する責任の検討が考えられます。
さらにまた、民事責任における請求の主体として、当該従業員が自ら負った損害の賠償を求める場合が考えられます。
最後に会社自体が、生じた損害を相手方に対して請求できるかも検討することが考えられます。
(1)交通事故に関する刑事責任
従業員に交通事故から傷害を負っていた場合には、自動車運転過失致傷罪が問題になりますが、衝突自体から特に傷害等が生じていない物損事故であった場合には、衝突したこと自体では直接刑事責任はないといえます。
ただし、物損事故であっても交通事故ですので、交通事故が生じた際の運転者の義務に反すると刑事責任が生じる場合があります。
すなわち、交通事故を生じさせた場合、その運転者又は同乗者には、道路交通法72条により、直ちに運転を停止し、負傷者を救護し、道路においてその他の事故等が生じないよう危険を防止するなどの措置を講じ、警察官に当該交通事故に関する報告をする義務があります。
人身事故ではなく物損事故であっても、危険防止義務に違反した場合には、同法117条の5第1号(1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金刑)が適用され、交通事故を起こした者が事故報告義務に違反した場合には、同法119条第17号(3か月以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金刑)が適用されます。
(2)罵詈雑言、車に対する暴力に関する刑事責任
一方、相手の男性の事故後の罵詈雑言や車を殴る蹴るする行為については、その態様や被害の内容によって各種の刑法犯の成立が考えられます。
罵詈雑言の内容や態様によっては、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)、あるいは脅迫罪(刑法222条)や強要未遂罪(刑法223条)が成立しうる可能性がありますし、車を殴る蹴るする行為によって車が損傷した場合には器物損壊罪(刑法261条)が成立します。
また、同暴力が乗車していた従業員に影響を及ぼすような態様で行われた場合、暴行罪(刑法208条)の成立も考えられます。
さらに本件で従業員はPTSDを発症しているため、罵詈雑言や暴力とPTSDの発症との間に因果関係が認められれば、傷害罪(刑法204条)の成立も考えられます。
(3)刑事責任の追及
なお、刑事責任は警察や検察など国家が追及するもので、会社や従業員が直接追及するものではありません。
しかし、被害を被った被害者として被害申告や刑事告訴をすることは考えられますし、例えば従業員が負った被害について、会社が第三者として刑事告発することも考えられます。
(1)交通事故自体に関する民事責任
本件では、対向車線から反対車線に出てきたために事故が生じており、相手の男性の安全確認が不十分であったといえると考えられるため、交通事故により生じた損害の賠償請求を行うことが考えられます。
具体的な運転行為や周囲の状況等によっては過失相殺がなされることは考えられますが、社有車が損壊しているものと考えられますので、会社としてその損害の賠償を求めることが考えられます。
ただ、従業員が負ったPTSDについては、交通事故が原因であるといえるのかどうかが問題となります。
なぜなら交通事故自体から本件のPTSDが生じているといえるかどうか、因果関係が認められる必要があるためです。
不法行為責任を問う場合の因果関係が認められるためには、交通事故からそのようなPTSDが生じたかどうか、という点のみならず、交通事故からそのようなPTSDが生じることが一般的に予見出来るものか、という点についても検討する必要がありますが、通常の事故ではそこまで予見出来るということは難しいと思われます。
交通事故自体がPTSDの原因ではないという場合、人体に傷害などはなく物損のみという場合には、交通事故を原因として従業員個人から相手の男性に請求することはできないということになりますし、会社から従業員が休職していることに関して請求することも、交通事故自体を原因として請求することは難しいということになります。
(2)罵詈雑言、車に対する暴力に関する民事責任
本件の状況からすれば、相手の男性の対応によって従業員がPTSDを発症したといえる場合、当該従業員はその症状の程度や、生じた損害に応じて、相手の男性に対して、不法行為に基づく損害賠償として、治療費や慰謝料、あるいは休業損害や逸失利益等の損害賠償請求をすることが考えられます。
なお本件では、会社から、従業員が休職したことなどによって会社に生じた損害の賠償を請求も考えられます。
しかし、当該従業員の損害を同人から請求する場合に比べて、会社の損害については「罵詈雑言等から従業員が精神的損害を受け、それによってPTSDを発症し、その程度が重く休業せざるをえず休業されたことによって会社に具体的な損害が生じた」ということなので、より間接的になっています。
その場合には、会社の損害と相手の男性の行為との間に因果関係が認められるかが問題になり、会社独自の損害を請求することは難しいかもしれません。
従業員がPTSDを負ったことに関する傷害罪の成立が認められるためには、相手の男性の行為と、PTSDという結果の間に因果関係が認められる必要があります。
また、民事上についても、その賠償責任が認められるためには、男性の行為とPTSDという結果との間、あるいはPTSDを発症したことによってさらに生じた損害結果(従業員の休業損害や会社の損害)との間に因果関係が認められなければなりません。
刑法上の因果関係と民法上の因果関係は、いずれもある行為が結果とどのように結びついているかを判断するものですが、刑法上の因果関係は、処罰範囲を限定する方向で比較的厳格に帰責判断を行うものであり、民法上の因果関係は、損害の公平な分担・被害者救済の観点から帰責判断を行うものであるため、その範囲には違いが生じることがあります。
刑法上の因果関係の方が厳格に判断されることが多いといえる一方、民法上の責任は、具体的に生じた損害との間で因果関係があるかどうかを検討する必要があり、刑法上の責任は否定されるが、民法上の責任は肯定されるという場合もあります。
因果関係についてはそれぞれ多様な論点もあり、ここでは詳しい説明は省略せざるをえないですが、相手の男性の行為と、結果との間の因果関係についての判断は、相手の男性の行為の具体的態様の詳細や、PTSDについての医師の診断内容や意見、事故前の当該従業員の精神疾患等の既往歴、発症時期の近接性、具体的な損害の内容などの具体的な各事情を総合的に判断することが必要です。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
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(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
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