安全対策のコストが削減されていませんか

■コストダウン圧力が、安全対策に及んでいませんか

燃料費が高騰

 ロシアのウクライナ侵攻やエネルギー危機が世界経済に打撃を与え、記録的な円安も手伝って、燃料や原材料などの高騰が進んでいます。

 

 製品・サービスへの価格転嫁が難しい中小下請け企業や、すぐに運賃値上げをできない自動車運送業界などには、厳しい経営環境となっています。

 現場には当然、コスト削減の圧力がかかってきます。

 

 このような状況で懸念されるのは、安全対策コストへの圧迫や労働環境への締付けが事故の増加に結びつかないか、ということです。

 日本の労働現場では、正社員の労働条件が急に悪化することは少ないものの、アルバイトや非正規の従業員は影響を受ける可能性があります。

 

 ちょうど10月第1週に全国労働衛生週間が実施されますが、安全運転管理者や運行管理者は、弱い立場の非正規従業員やアルバイト運転者などが、コスト削減圧力から「安全格差」を受けて、事故や健康被害に巻き込まれないように、安全対策の総点検を実施してください。 

■非正規社員にも正社員と同じ安全教育をしていますか

三幸製菓火災死亡事故
新聞報道を参考に編集部で作図しました

 交通事故ではありませんが、さる2022年2月11日午後11時すぎ、新潟県村上市にある大手製菓会社のせんべい工場で火災が発生し、夜勤のパート女性清掃員4人を含む6人が死亡する災害が発生しました。

 

 工場奥のボイラー近くで亡くなっていた正社員の男性2人を除く4人は、非常口付近で倒れていた夜勤の非正規従業員でした。

 

 4人が亡くなっていたのは、火災感知で自動的に防火扉が下りた出入口のすぐ前の床上で、横にあった非常口との距離は約 1.5mしか離れていなかった(歩幅で3歩程度)ということです。

 この会社では、正社員に非常避難経路を教えていましたが、夜勤の非正規従業員に避難訓練を実施していなかったため、4人は避難経路を知らなかった可能性が高いとされています。

 

 もし、安全指導や防火訓練が適正に行われていれば、出入り口に自動シャッターが降りても、開いている非常口から4人は脱出して助かったと考えられ、会社側の責任が問われています。  

■安全のコストを軽視すると、結局利益を失います

非正規労働者の安全格差

 安全教育にもコストがかかります。外部講師などは招かない場合であっても、事業者側には教育の「時間と労力」が大きなコストと感じられてしまい、効率を優先すると「これ以上コストをかけられない」といった心理に陥ります。

 

 ですから、正規従業員には新入社員教育や年1回の安全大会などの機会に安全教育をしても、その後に不定期で雇用するアルバイト従業員やパート従業員などに対する教育は、おろそかになりがちです。

 

 しかし、こうした安全教育の軽視が「死亡事故」という恐ろしい結果を招き、被害者への賠償責任を負うだけでなく、警察や監督官庁の調査を受けるため事業を長期間停止し、顧客からの信用を失うなど大きな損害を受けることになります。 

 

 事業者は現場で働くすべての従業員に対して安全配慮をする義務がありますので、パートやアルバイトの従業員にも別け隔てなく安全教育をしっかりと行うことが重要です。

■送迎バス運転者に増えている非正規雇用

送迎バスの高齢運転者事故

●65歳以上が目立っている
 最近よく送迎バスに関連した事故がニュースになっています。

 運転者の年齢をみると65歳以上が多く、70歳代も珍しくありません。

 事故報道に幼稚園・保育園や介護施設の送迎車が多いのは、構造的な人手不足で悩んでいることと、社会的な注目度が高いためでしょう。

 企業の送迎車や建設現場、訪問医療、大規模郊外店舗等の送迎車も運行機会が増えていますので、事故が発生していると思われます。

 

 工場従業員の送迎バスなどをバス事業者に委託している場合は、運行管理者もいて安全性が担保されます。また、運転者派遣企業に依頼すると経験のある運転者を確保することが可能です。しかし、事業者によってはアルバイト雇用で運転者を雇うケースがあります。

 

 人を運ぶ車両であっても営業車ではないので第2種免許はいりません。マイクロバスでなく大型ワゴン車であれば普通免許でOKです。しかも、シルバー人材センターなどの紹介であれば、安いコストで運転者を確保することができます。

 

●健康管理のコストをしっかり確保しよう

 高齢者でも運転スキルが高く、安全運転を遂行できる人はたしかに多いので、そうした方々の能力を社会に活かしていくことは、プラスの要素があると言えます。一方で高齢者は健康問題から、突然の体調不良に陥る可能性が若年者よりは高いことに留意する必要があります。

 非正規雇用の場合、運転者の健康診断などがおろそかになりがちですが、雇用期間や労働時間によっては使用者の法的な義務となります。対象外であっても安全確保の必要経費と考えて、パート・アルバイトの雇入れ時には健康診断を実施することが重要です。

 中高齢運転者に関しては、視力や視野のチェックを行うことも忘れないでください。

 

 また、高齢運転者にリストバンド型のウェアラブル端末を配布して、運転者の心拍数の急上昇などを見守る取り組みがあります。先進的なバス会社などですでに導入されていますが、高齢運転者を雇用してコストダウンをしている事業者ほど、こうした機器の採用を検討するべきでしょう。 

■現場誘導員・作業員なども、パート・アルバイトが多い

非正規労働者の安全指導

●アマチュアが多い作業現場
 運送会社のプロ運転者に聞くと、倉庫などの現場で積込みや荷卸しをするとき、以前はリフトマンや安全誘導員は荷主会社の正社員が担当していたのに、今はアルバイト従業員が誘導を行い、リフトマンも非正規の派遣社員といったケースが少なくないといいます。

 

 そうした現場で、従来から行っている仕事のルーティンを知るのは運転者だけであり、作業の組み立ても運転者に任されている場合があります。

 

 運転者は大型車を狭い構内で取り回すために神経を遣い、しかも周囲の安全確認をして作業指示をしなければならないので非常に大変です。

 一方で、安全教育を受けていないアルバイト誘導員が危険な死角となる場所にいて、運転者に見落とされるおそれが高くなっています。

 こうした状況の現場では、プロの仕事人と言えるのはトラック運転者1人であり、事故が起これば、その運転者が大きな責任を負う立場にいます。

●非正規従業員でも安全な作業ができる仕組みをつくろう

 コストダウンばかりに目がいき現場を見ていない管理側は、実態を見落としがちです。

 荷主として一応、安全作業マニュアルなどを整備しているはずですが、実際には「マニュアルが綴じてある場所を知っているのは正社員だけ」という笑えない話が多いのです。

 

 こうした現場で事故が起こらないのは、たまたま運がいいだけであり、構造的にミスが起こる仕組みを見落としていると言えます。

 

 危険な作業の多い現場職種を経験の浅い非正規雇用に切り替えた場合は、事故の発生リスクが高まることを認識して、非正規従業員が安全に業務を行えるように、雇入れ時の事故防止教育を徹底することが求められています。

 作業マニュアルも冊子などの旧態然とした形式ではなく、オンラインで共有してスマートフォン・タブレットで閲覧し、現場がすぐ活用できるような形を取るべきでしょう。

 さらに、たとえ他社の従業員であっても、経験のある運転者などを交えて意見を求め、職場ミーティングを毎日繰り返すなどの努力が重要です。

■タイヤなど足回りのコストダウンは危険です

タイヤコスト削減のツケ

 社有車のタイヤ交換を計画的に行っている事業者では、タイヤのコスト計算をしていると思いますが、9月から国内タイヤメーカーでもタイヤ価格を再び値上げする動きが相次いでいます。交換時期を少し先に伸ばそう、といった誘惑にかられると思います。

 

 タイヤ交換が必要なタイミングは車の使用頻度によりますので、整備管理者やベテラン運転者の意見を尊重して、交換を徹底してください。

 また、長らく使用していなかった車両のタイヤは、逆に経年劣化の危険があるので運行前に交換しておくことが望まれます。

 

 なお、大型トラックや大型バスは、冬道走行でスタッドレスタイヤなど冬用タイヤの安全性能確認が義務づけられています(令和3年1月施行)。

 ノーマルタイヤとの交換時にチェックして、プラットホームが出現した冬用タイヤがあれば新品に取り替えるべきですが、「まだ走れるのだから、一冬ぐらいいいだろう」と使い続けると、大雪時などにスタックやスリップ事故を誘発する危険があります。

 プラットホームが出ている冬用タイヤを使用していてスリップ事故・立ち往生事故などを発生させた事業者に対して、運輸局は監査を行い行政処分を実施するとしています。

 

 足回りの整備は、車を安全に運行する上での基本ですので、タイヤのコストにとらわれて後悔しないように気をつけてください。

【参考】 大型車で雪道を走行する可能性がある場合、スタッドレスタイヤなどの冬用タイヤを装着するとともに以下の確認が必要です(トラック運送事業、乗合バス、貸切バスに限る)。

  1. 整備管理者は、タイヤの残り溝が冬用タイヤとしての使用限度を越えていない=残り溝が50%以上あり、冬用タイヤとしての安全性がある=ことを確認すること
  2. 運行管理者は、運行前の点呼で上記の確認が行われていることを確認すること
冬用タイヤの残り溝確認義務

*図は、国土交通省WEBサイト「冬用タイヤの安全性を確認することをルール化しました」より

■軽自動車へのシフトは安全性を考慮して検討しよう

軽自動車の損傷が大きい

 自家用自動車を使用する事業所では、車両の維持コストを削減するために、普通自動車の商用ワゴンを軽のミニバンに切り替えたり、移動・営業用の乗用車を軽乗用車に切り替える動きがすすんでいます。

 

 軽自動車は、車両購入費用、車検費用、自動車税、燃料費などすべての面でコストが安価になり、1台あたり年間10万円以上の削減効果があるという試算もあります。

 

 しかし、コスト削減メリットはあるものの、安全面でみると軽自動車には大きな落とし穴があることに留意しましょう。

 

■衝突時の車両コンパティビリティが

 成立しにくい

 軽自動車は、市内の中低速走行では小回りがきいて威力を発揮しますが、高速道路を使用した長距離出張では、運転者が疲労しやすいというデメリットがあります。

 

 また、軽自動車が大型の高級乗用車やトラック・バスなどと衝突した場合は、乗員が大きな損傷を受け悲惨な結果となる可能性が高くなります。大型車の乗員は無傷でも軽自動車の乗員は死亡するといった事故が少なくないのです。

 事故発生時の車両コンパティビリティ=「安全の両立性」という尺度でみると、同じ車高の軽自動車同士が衝突する以外は安全両立性が成り立ちにくく、トラックは壊れていなくても軽自動車は生存空間がなくなるほど潰れてしまうことがあります。電柱などへの衝突時もキャブオーバー型の軽自動車は生存空間が小さいので、前席の乗員が下肢の重傷などを負いやすくなります。

 

 さらにワゴンタイプの軽自動車は、低速度の衝突時であっても簡単に横転しやすいことが、交通事故総合分析センター等の事故分析から明らかになっています。路面の状態や横転した向きによって乗員が予期せぬ身体損傷を受ける危険性が高くなります。

  

■コストにとらわれず安全対策を常に工夫する

送迎バスの安全確保に装置義務付け

 さる9月5日に静岡県で、子ども園の送迎バスに3歳園児が取り残され、熱中症死した事故がありました。

 この事故をめぐって、送迎点検マニュアルの作成とともに、見落としを防ぐ安全装置の設置を義務づける方向で政府が検討しています(エンジンを切ると車内後部のブザーが鳴り、運転者が車両最後尾まで行って止めなければならない装置や、乗員の置き去りをセンサーで監視し外部へ送信する装置など)。

 

 人間はいくら注意してもミスをすることがありますので、確かにこうした機械的なコスト負担は必要になってくるでしょう。

 一方で、安全装置も故障する恐れがあり、人間がスイッチをオフにすることがありますので、複数の人間の目でチェックを継続するような仕組みを常に工夫する努力が欠かせません。

 

 たとえば、バス乗車時に子どもが靴を脱ぎ、下車時に履くことで残った靴があれば、同乗する職員や子どもたちが見落としに気づくという方法を採用している保育園があるそうです。

 コストをかけなくても安全性を高めるシステムの工夫は考えられます。

 

 要は「安全性を常に高めよう」と不断の努力をしていく姿勢を持つことが重要です。コストダウンを検討するとき、この原点に戻ってよく考えてください。

■外部サイト、参考ページ

 この記事は以下のサイト掲載記事や掲載資料を参照しました。  

 ・火災事故調査委員会から受領した 調査報告(1次報告)について (三幸製菓株式会社)

 ・高年齢者に配慮した交通労働災害防止のすすめ方(陸上貨物運送事業労働災害防止協会)

 ・車両横転事故の傾向と特徴~ミクロデータによる分析~(交通事故総合分析センター)

 ・バス送迎に当たっての安全管理の徹底に関する関係府省会議 (第3回)(内閣府webサイト)

 


■当サイト・参考記事 

  ・軽自動車の危険性について指導していますか? (危機管理意識を高めよう)

  ・60歳以上の運転者に配慮していますか (危機管理意識を高めよう)

  ・冬用タイヤの残り溝点検を義務づけ ──国交省(運行管理者のための知識)

  ・足回りの点検は万全ですか(危機管理意識を高めよう)

■管理者用の冊子:安全管理のトラブルから事業所を守る

 本冊子は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルに対処するために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士(※)がわかりやすく解説した小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。

 

 前回の冊子では紹介していない交通事故や労働災害、健康問題などから関心の高い事例を6つ挙げ、その解決方法や予防方法を紹介しています。

 

 ※清水伸賢弁護士:will法律事務所パートナー弁護士弊社サイト「安全管理法律相談」原稿執筆者

【詳しくはこちら】

 

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